屋根のディテールも決まった。強度も証明された。残る難関は防腐処理だ。
木造の防腐処理で一般的、つまりコストパフォーマンスに富んでいるのは、銅や塩化ベンザルコニウムといった薬剤を主成分とするACQだろう。だが銅を含んでいるため、仕上がりが緑色に染まるのが気になっていた。
高知にミロモックル産業という会社がある。国産ライフルの生産・輸出で知る人ぞ知るメーカーだが、木材の防腐技術で独特の薬液を開発した。「モックル処理」と呼ばれるそれは、無色無臭無害。高知に出向いて、実際にこの目で整備事例を確認したが、塗ったかどうかわからないほど自然な仕上がりだった。問題はコスト。ACQの倍ほども高い。
さらに「なぜ高知の業者に頼むのか」というドメスティックな価値観が障害としてあった。このことは、宮崎に限らず全国的に根強いものだ。しかも今回の木橋は、すべてを地場でやろうという掛け声で始まっている。はじめは最も木質の仕上がりがいいからということで候補にしていたが、最後にはコストパフォーマンスが悪すぎるという理由で落ちた。ドメスティックな理由も密やかに背後にあったかもしれない。これに対してミロモックルは、処理工場を宮崎県内に造るという所まで積極的に動いたのだが。
結局ACQと、銅を使わないAACという方法を使い分けることにした。AACの方がややコスト高ではあるのだが(それでもモックル処理よりは安い)、銅を使わないので緑色にならない。
内側の見えにくい部材はACQとし、表面に見えるところにAACを用いることにしたのだ。
だが――。
原寸試作に試験的に塗ってみて驚倒した。
まるで茶色のペンキを塗ったくった様なひどい有様なのだ。
「何ですかこれは。AACって色が付かないんじゃなかったんですか?」
県の担当者に聞くと、
「AAC自体には色は付かないんですけど、その塗膜を保護するためにコーティング剤を塗らんといけんとですよ。AACの上に色の付いた剤を塗るとこうなる」
「色のないコーティング剤はないんですか」
「ありません。今回はいくつか用意させましたが、これが一番薄い色です」
メーカーは、こういう仕上がりになるのは仕方ないとばかりに涼しい顔だ。いくつか用意してきたというのを全部塗ってみてもらったが、どれもひどい。こんなコッテリしたものを塗られた日には、木材から木目が消え、鉄骨に塗ったのと区別が付かなくなる。
「しょうがないですね」と宮崎県の担当者。
「しょうがないでは済まされませんよ。こんなものが使えますか! 木目も何もあったもんじゃない。ここまで積み上げてきたものがすべて台無しになりますよ。絶対にダメだ」
「でも……」
「どうしてもということなら、改めて違う防腐剤を探すしかありませんね」
ようやく塗装メーカーは、このままでは採用にならないらしいということを悟り始めた。
ローラー塗りを刷毛引きに変えたり試行錯誤が始まったが、結局その日は結論が出なかった。
後日、少しマシになったという連絡を受けたので、改めて宮崎に飛んで現場を見に行った。ずいぶん色が薄くなっている。木目も見えてきた。
「ほう。どうやったんですか」
「吹き付けました。吹き付けた後、拭き取りしてます」
「それで塗膜は保てるんですか」
「大丈夫です。計ってみたところ、膜厚は確保されています」
改めて見上げると、まだ色は付いているものの、べったりしたペンキ塗り的な表情ではなくなり、(やや厚めの)薄化粧という風情になっている。
「まあ、これならいいか」
塗装メーカーもようやく顔をほころばせた。宮崎県もこれで予算に収まると安堵の様子だ。
だが私は、
(しかし危ないところだった)
そう胸の中でつぶやいていた。 |