特別寄稿

 
「飫肥杉でつくる箱」ができるまで
文・写真/ 清水 智
 
 
 

私が初めて杉という素材と正面から向き合ったのは今年の春、ひょんなことから内田洋行社のショールームに訪れた時でした。私の勤務する良品計画が企画開発する「無印良品」の商品がショールームに多数使用されているというので、一度訪問してみようという動機からです。一歩社内に案内されると、整然と並べられたオフィス家具に当社商品がコーディネートされていて、「ふむふむ、うちの商品がうまいことアクセントになっているわ」などと感じながら見て回っていると、突然圧倒する素材感の塊が現れたのです。他ならぬ「杉」です。それも角材そのままを積み重ねただけというカウンター。なんてぶっきらぼうで、荒っぽくて、無愛想で、懐かしくて、表情が豊かで・・・。さらに見渡せば角材そのままの表情のベンチ、チェア、etc。同席した同僚も皆一瞬にしてその存在感に惹き込まれました。その後は自当社商品の使われ方などそっちのけで、話は杉、すぎ、スギ。

環境云々ではなかったと思います。その表情に感じたやさしさ、懐かしさ、ぬくもり、そんなものに皆惹きこまれたのです。次の日の弊社全体朝礼でもこのスギの話が持ち上がるほど訪問メンバーの印象に残ったのでした。

   
 

私はすぐにスギダラのホームページを読み込み、何か自分自身あの素材と付き合えないものかと考え始めていました。
ちょうどその時、新作の商品企画に「ただの箱」というものがありました。自分で組み立てる30cm角ほどの何の変哲もないただの箱ですから、特徴としては素材しかありません。私は迷わず「杉」を選んだのでした。
思いついたが早いか、おなじみの内田洋行社若杉氏に連絡をとり、「杉のプロダクトを無印と一緒に進めてくれる協力者を紹介してほしい!」と打診。なんと若杉さんは即座に合点承知と杉仲間を紹介してくれただけでなく、そのままとある銘木杉の産地である宮崎まで一緒に飛んでくれたのです。
私としては初めて脚を下ろす宮崎に着てみれば、杉をこよなく愛する大勢の宮崎の熱いスギダラメンバーによる出迎えに驚き、「なぜ杉というだけでこれほどの人間が集まるのか・・・」と、私にはその時点では謎でした。

   
 

夜は食事をご一緒させていただきながら杉談義。深夜まで続いたこの杉をめぐる情熱は、よくニュースで報道されるような、「なんだか利用されずに荒れている杉で、あちこちが困っているぞ」といったネガティブな動機ではなく、「杉を広めたい、この良さをたくさんの人に知ってほしい。」という、ポジティブな気持ちから湧き出ていることを知り、謎は解け、またその熱き心に圧倒されっぱなしの夜でした。

翌日はさっそく日南市の商工観光課の皆さんの案内のもと、一路その銘木の待つ日南市内へと移動。そう、先の銘木杉とは宮崎県日南市が誇る「飫肥杉」です。この飫肥杉(オビスギ)は、古くから造船材として用いられた木材で、樹脂を豊富に含み、吸水性が低く水切れが良いため、腐食しにくいことが特徴です。

  飫肥杉
飫肥杉
   
 

移動中、一斉に植林され、角刈りのようなきれいに杉が整った山の稜線を見ながら、杉の抱える問題部分も確認しつつ、山々を視察。続いて現地の協力をお願いしている皆様の待つ日南市役所へ。市内の資材・生産の協力をかってでていただいた、たくさんの皆さんの歓迎に感激しながら、これまでの経緯、杉への私なりの考え、思い、プロダクトコンセプトを説明させていただきました。

「さあ、熱い反応を」と期待すると、なぜか皆さん顔を見合わせている様子。それそのはず、無印良品は消費者向けの商品を販売するお店ですが、いかに銘木「飫肥杉」の産地と言えど、素材供給等が主であり、当方がお願いしたような細かな商品の大量生産を行っている皆さんはいらっしゃいませんでした。しかし、真剣に討議は繰り返され、何とかこの商品をものにできないものかと延々議論を続けました。が、その日には結論が出ず、検討結果をご報告いただけるとのことで期待と不安をもったまま東京へと戻りました。

   
 

1週間ほどして、日南家具工芸社の池田社長と、南那珂森林組合の星衛工場長が「日南の杉のためなら」と。名乗りを上げてくれ、連絡をしてくれました。

  すぐさま私は息巻いて一路宮崎へと旅支度を始めていると、とんとんと私の肩をたたく男が一人。良品計画で家具の生産調達を引き受けてくれている商社マン、横山氏でした。
   
 

彼曰く、「私は日本を愛し、木材を愛し、中でも国産材、その中でも日本の個性を最もよく現す杉を愛している。清水氏は業務繁忙につき、必ずや私の力が必要になるであろう。ノーギャラで結構。お付き合いしましょう。」と不思議なところからスケさんが現れ、新たな協力者を得た私は、胸高ぶらせ横山氏と一路日南市へと飛んだのでした。

日南では池田社長が出迎えてくれ、南那珂森林組合の製材所で材料の吟味、予め検討しておいていただいた図面を元に、材料の歩留まり、加工方法、コスト等、簡単な商品ですが、ぎりぎりまで「多くのお客様にこの商品を」と検討を続けました。
コストは皆さんの協力と工夫で無駄をそぎ落とし解決。材料も星衛さんが規格外の製材をわざわざ製作してくれ、包材その他は、同行してくれた横山氏の物作りの経験によるアドバイスを活かしながらアイデアを出し合いました。商品の仕様もまとまり、後日サンプルを池田社長に作成いただき次第送っていただくこととして東京へ戻りました。

  南那珂森林組合の製材所
南那珂森林組合の製材所の様子
   
  日南家具工芸社のみなさん
  日南家具工芸社のみなさん。手前一番左が池田社長。
   
 

さらに数週間がたち、待ちに待ったサンプルが届きました。そのサンプルは整っていない材料に、池田社長がつけた製作の時点での鉛筆線が残り、間に合わなかった包装材はサランラップのようなものでまいてありました。聞けば近所の酒屋さんまで尋ねて回って、ビニールパックのできるところを探したが見つず、鉛筆もさまざまな加工方法を検討した結果のことでしょう。

初めての仕事に手を上げてもらっただけでなく、どんなにがんばってここまで仕上げてくれたかと感じました。それからは、材料のこと、包装や輸送のこと、横山氏が何度も宮崎まで脚を運んでくれ、日常の業務に追われていた私に代わり、商品化へと進めてくれました。

   
  その間私のほうは、杉という近くて遠い目の前にある問題を含め、この商品をどのように皆さんに宣伝し、伝えていこうかと検討を始めました。
するとまたどこで知ったのか、弊社の企画デザイン室に籍を置く長本が、「杉の活用は私の生涯のテーマです。お助けしましょう」と頼んだわけでもありませんが手を上げてくれ、彼女に宣伝物の製作をお願いすることにしました。長本は、お願いしたが早いか池田社長のもと宮崎へと飛び、商品と一緒に店舗に並ぶポスター等デザインを考え、自分で印刷までも行ってくれました。
(この長本はその杉への思いを以前月間杉でコラムしたことのある杉っこです。)
   
 

時間は流れ、8月下旬。最終サンプルとして出来上がった「飫肥杉でつくる箱」は大型量産工場と遜色ないクオリティーで仕上がり、いよいよ本生産ということになりました。池田社長は結局この商品のために包装の機械を購入してくれ、材料も星衛さんが十分な手間をかけて用意してくれていました。これですべて万端と、安心していればそこに巨大台風到来。

杉はただでさえ反りなど変形しやすいので、十分な乾燥が必要です。池田社長や星衛さんは、十分な時間とスペースを割いて材料を乾燥させ、生産を今まさに始めようとしていたところだったのです。乾燥といっても屋根のついた材料置き場に寝かせてありましたので「きっと雨風も吹き込ん事だろう。もうだめか。」と半ば生産延期も考えていました。しかし杉たちは池田社長に間一髪ビニールシートで保護され、風雨から守られていました。
おかげで無事に生産は終了し、9月14日の発売を向かえ晴れてお客様の前にお披露目となったのでした。

   
  この「飫肥杉でつくる箱」は簡単な商品で、特に特徴もなく、あっさりとした表情でいまも店頭に並んでいます。他の海外製品に比べれば価格も割高で、特別な機能もありません。無印良品の売り場でも大きなスペースを割くことはできませんが、店舗のスタッフができる限りの展開をしてくれています。  
      「飫肥杉でつくる箱」
   
 
  展示風景
   
 

私は今回の商品開発は決してたくさん売ってやろうとか、大きな商売をしようとかといったことだけを考えて始めたわけではありません。日本に古来から多く使われてきた「杉」というキャラクターを広く知ってもらいたい。という気持ちを持ってはじめました。
ですが、その気持ちだけで良いとも考えていません。逆に「継続できる商売にしなくてはならない。」という気持ちが日を追うごとに強くなっていきます。

理由は杉という木材を使うことが当たり前であったことを、思い出してほしいからです。なぜ古来日本人は杉や桐といった材料を重用してきたかを考えれば、それは杉という木材を特別なものとして扱ったからではなく、「成長が早く、目が素直で、加工性が良い」という材料としての優れた一面をもっていることで必然的に使われてきたものだと思います。もちろん「杉をなんとかしたい」という気持ちは大切にしていますし、根本的な動機として私の中に存在しています。

私はこれを皮切りに、地産地商、日本の文化風土に自然と入り込む、「使ってあたりまえ」の素材として杉材が認知されるよう、これからも物作りを通して少しでも多くの方に広めていくことができればと思います。
最初にも言いましたが、環境云々、「杉で困っている山がある」といったことを伝えたいのではありません。皆さんの目の前に、日本人であれば誰でもそのよさを、手に触れたときの懐かしさを感じることのできる木材が目の前にあるということをお伝えしたいと思います。そのことを思い出したとき使わない理由がありますか?ないでしょう。偉そうではありますが、それが私なりのこの商品を世に送り出した答えです。

   
  最後に「飫肥杉でつくる箱」の商品化に関しましてご協力いただきました皆様にお礼を申し上げます。
   
   
   
   
   
 
 
  ●<しみず・さとし> (株)良品計画  生活雑貨部
   
   
   
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