魚沼只見線プロジェクト vol.1

文/写真  南雲勝志

「只見線を見て、感じて検討会」

 
 
  

越後杉シリーズ、スポットの予定であったのだが、なかなか終わらない。今回は32号の続編とでもいうべきもので、3月に「のうりんジャー」と対決したあとの動きを紹介する。
まず、その前に「のうりんジャー」との対決を「林業にいがた 」(2008-5月号)という冊子に南魚沼振興局の阿部さんに記事にしていただいたので紹介します。→見る

さて、32号最後の方で水面下で新しいプロジェクトが立ち上がりそうだ、と書いた。
そのなかのヒント、(キーワードは「ムリョウナノニタダミセン」あるいは「ミルダケナラタダ」)の答えは只見線。新潟県魚沼市小出駅と福島県会津若松市会津若松駅を結ぶ、雪深い山間いを通るローカル線だ。鉄道ファンには魅力的な路線として結構知られている。 冬は道路が閉鎖され、新潟県から福島県只見側へ抜ける唯一の交通手段となるため、赤字線廃止対象除外となり、幸いな事に現在も廃線にならずにすんでいる。
その新潟県側の9駅を森林振興と絡ませながら、地域の活性化をしていけないかというのが今回のねらい。仕掛け人は南魚沼地域振興局林業振興課、岩井さん。(前号ではIさんと紹介)地元森林の活性化に熱い思いを持っている彼は、3月以来企画を練り、検討会の開催を地元と調整してきた。そしてぼちぼち準備が出来てきたのでツアーに来ませんか? とメールが来たのが5月下旬。時期については梅雨前にとある。 「近いうちに段取りをします。」とは言っていたが、こんなに早いとは思わなかった。 地元調整というけれど、いつもそこが一番大変だからだ。
6月下旬以降になると、またいろんなイベントが入ってくる。若杉さん達と調整し、日にちを6月14〜15に決定。参加者は3兄弟と月刊杉編集部でもおなじみ増田奈々ちゃん、無人駅フリークでもある杉浦哲馬君、そして魚沼会員で前回も参加してくれた藤田満君。
ツアーの名前は「只見線を見て、感じて検討会」と書いてある。いい名前だ。

6月13日決行前夜、我が家で若杉さん、小野寺さん、遅れて千代田さんが集まり前夜祭。翌15日全員集合し、ナグモ号でいざ大白川へと向かった。



    

関越道を北に200kmほど走る。新潟県小出インターで降り、国道252を東に向かう。しばらくして、徐々にそれらしい風景になってくる。
車の運転手以外は只見線に乗ってみる選択肢もあるかなぁ? と考えたがとにかく本数がない。集合時間までの時間も気になったので、車で各駅を巡ることにした。電車に乗っていると駅は意外とわからないし、一度降りると何時間も待たなければいけないのだ。最初訪れたのは藪神駅。すぐ目の前に見えるのに手前に田んぼがあって、どうやって駅に行くのか大いに迷った。一坪ほどの木造の小さな駅でなかなか風情がある。次に目にとまったのが上条駅、同じように小さいがトタン張りだった。するとトタンに風情がなくなる。でもトイレはしっかりしていて駅舎より大きい。さらにどんどん進む、どんどん山が深くなり家がなくなる。
 

   
  藪神駅
  上条駅
  只見線は線路と民地の境目に柵は一カ所もない。どこからでも入れるし、歩こうと思えば軌道内も歩ける。農作業など、地域の生活が線路を跨がなければ不便な事もあるからだろう。その代わり、安全確認は自身で行うという暗黙のルールを今まで築きながらやってきたんだろう。 危ないところは全部柵を設置する、という現代のルールからおよそ離れているその風景は、それだけで美しくもあり、なにか誇りに近いものさえ感じる。

 
 
線路は柵が何もない

  どうせなら、そこを体験してみたい! そんな気持ちから何カ所か軌道内を散策した。(こんなこと書いて良いんだろうか?)一度廃線になってしまうと、いつの間にか痕跡さえわからなくなることが多い。まわりの田んぼや畑と一体になった姿は、もし廃線になったら・・という情景が容易に想像出来てしまう。そんな寂しい気持ちになってくる。
さらに奥に進むにつれ、見所も増えて来る。次は鉄橋に行こう! 右に流れる破間川(あぶるまがわ)の渓谷を渡る鉄橋を探した。やはり鉄橋は土木構造物としての魅力を放っている

 
 
鉄橋を渡る会津若松行き電車
      
  ベストショットをねらい草陰に潜む電車フリーク1

  ベストショットをねらい草陰に潜む電車フリーク2
     鉄橋と渓谷に見とれていると、「そろそろ電車が来る時間ですよ〜」と鉄道フリークの杉浦君が言った。さすが時刻をチェックしている。さて、どうしたらいいのだろう?
やっぱり近場で通過電車を見たい。 運転手に見つからないよう草むらに潜みながらその時を待つことにあした。間もなくすると、線路にゴトンゴトンという音が伝わってくる。
「来たぞ〜!」 一斉に立ち上がり、写真を撮る。2両編成の会津若松行きの電車はあっという間に我々の前を通り過ぎ、鉄橋を渡って消えていった。
電車が来るのをこんなにドキドキしながら待ったのは、小学生以来であった。
鉄道フリークの気持ちがわかる気がした。(笑)
    
      
 

柿ノ木駅、積雪のためか補強がされていた。

  内部には除雪道具がある。
 

大白川のひとつ手前の駅、柿の木駅を過ぎるとほとんど民家はなくなる。しばらくして会場予定地の大白川駅に着いた。 車を降りると3月のセミナーで会った岩井さん、土田さんのお二人がニコニコしながら出迎えてくれた。何となく嬉しい再開であった。

大白川は合併前は北魚沼郡入広瀬村。聞いた方も多いと思う。日本でも有数の豪雪地だ。その大白川駅は新潟県側最後の駅でもある。只見線の除雪作業の拠点にもなっていてラッセル車の置き場もある。また側線も何本かあり新潟県側では上下線が唯一すれ違いが出来る。

 
 
大白川の線路風景。引込線を含め、三本の線路が走る
   
  ポイント。向こうには除雪車も見える。

  蒸気機関車のための貯水塔(現在は使われていない)
   駅は一階部分。といっても小さな出入り口があるだけだ。2階にいくと、今日の打合せ場所でもある蕎麦、山菜料理「平石亭」がある。ちょうどお腹も空き、ここでお昼を食べる。 「鬼面蕎麦」という美味しい蕎麦だ。

さて少し休憩をしたあと、いよいよ今日メイン会合を開始。セミナー準備を始めた。食堂のテーブルを並べ替え、窓には暗幕を吊す。トタンにセミナールームに変身した。

 
  食堂がセミナールームに変わる瞬間。

 

岩井さんの進行で、まず自己紹介。地元からはこの「平石亭」の経営者でもあり、魚沼市議会議員の浅井さん、大白川区長住安さん、さらに魚沼市役所から大塚さん、塩川さん、佐藤さんの三名が駆けつけてくれた。いずれもなくてはならないキーマンだ。
さっそくスギダラセミナー開始、若杉さん、千代田さんから日本全国のスギダラ活動と意義を、僕の方からは杉と地域の関わりなどを一時間ほど行った。その後、地元の皆さんに地域の現状、自然や観光のこと、只見線との関わりなど一通り説明していただいた。
高齢化と人口減は避けられず、かといって、どうやってこの地を経済的に活性化するか? それが一番大きな問題である。杉という素材の可能性。さらに外部の人間と関わることで、可能性が広がるのであれば大いに利用したい。ただ単に駅舎をつくったり、一過性のイベントだけで終わるのではなく、持続できる活動、地域力アップの方法が必要である。
そして周囲の自然資産と、この地の地域力をどう繋げ合わせていくかが課題である。最近では蒸気機関車の復活イベントでかなりの方が来てくれた、只見線を利用していく方法はやはり大きなポイントのひとつある。というところではお互いの認識が一致した。
只見線はこの大白川付近では一日の運行本数が上り、下り各5本。そして驚いたのは線路に電車の通らない時間が最大で5時間近くあるという。その時間を何か違う事で活用できれば、これは面白いことが出来るのではないか。それが住む人も訪れる人も、幸せを感じられるものだったらもっといい。もちろ冬季の積雪に対する対応も当然必要になってくる。 そんな話から、今回の最終的なキーワードは、記号で「ロハ-48。これはいける! (今回はちょっと難しい) と、盛り上がって来たところで時間終了。 今日の話をそれぞれが持ち帰り、次へのステップを持ち合い、再び再開する事を約束し、セミナーは修了した。

   最後に岩井さんが越後産木材を使用した秘密の棒「ロイド棒」を紹介してくれた。一度付けると外れない不思議な棒だ。
杉をはじめ、地場産の木の有効活用というとなんだか難しく感じる。でもちょっとした楽しい使い方はいろいろある。そんなことも参考までに知って欲しいとのことだった。
いい話だ。この紹介はまた改めて別の機会に岩井さんからあると思います。

 
 
ロイド棒

 
 

セミナーを終え記念撮影。頭にタオルを巻いている方がこの店のオーナーの浅井さん。

  車で5分ほど、場所を今日の宿泊場所民宿「才七」に移動。しばらくあたりを散策した。田んぼや小川がとてもきれいな村だ。また大白川地区は山菜共和国と名付け、山菜の宝庫だ。都会からもわざわざそれを食べに集まってくる。気に入ってそこに住み着き、自分の家を”山菜児’と付けた人もいるくらいだ。
宿に帰るとメンバーが集合していた。セミナーに参加できなかった生産森林組合の工場長佐藤さんも合流、明日工場におじゃますることになった。

 
  「才七」の近くの田んぼと集落の風景。ちょうど田植えがおわったところだ。水がとてもきれい。  

 

さて夕食を兼ねた懇親会がスタート。それぞれがざっくばらんに思うことを話し合った。楽しいおしゃべりだった。この地の気候、環境、人、徐々にわかってきた。
ここ「才七」は今日の参加者、区長の住安さんの経営だ。実は住安さんは、”またぎ ”でもある。またぎの流派のこと、熊の射止め方など聞きながら、(又聞きではありません。)季節料理の熊汁を鱈腹いただいた。ついでに貴重な熊胆 (くまのい)を見せてもらう。何と重さあたりの値段が金と一緒らしい。(注:決して食べてはいけない。)
さらに自慢の盛りだくさんの山菜料理の数々に感激。いや〜、これはついつい日本酒が進んでしまう。 三才(山菜)なのに才七とはいかに?とか言いながら、何と珍しくナグモは12時にはこてんと眠りについてしまったのである。
 

   
 

左から岩井さん、佐藤さん(工場長)、佐藤さん(市役所)右はナナちゃん、杉浦君、またぎの住安さん

 

翌日はさすがに爽やかな気分で朝を迎える。しばしダジャレのやりとりを楽しみ、住安さんにお礼を言って、今日の最初の目的地である100年杉を見学に行った。
天気も良く気持ちがいい。雪国の杉は根曲がりといって根本が曲がってしまうが、ここの杉は根曲がりが少なくスラッと伸びている。
岩井さんが突然枯れた葉っぱを手に取り話し始めた。「実は杉の葉っぱはグルグルとねじれていて、それを反対方向にねじっていくと平面系の葉形になるんです。光合成を活発にするため時間を掛けて3次元的にねじれてきたのでしょうね。」という。それぞれがやってみた。本当だ!この話には、一同目を丸くして驚いた。

 
 

杉の葉の不思議を教えてくれる岩井さん。感心する若杉さん、杉浦君

 

その後、ブナ林に移動する。今度は先ほどとは打って変わり、爽やかで気持ちのいい広葉樹林だ。ここでも枝で見る年齢の数え方えを教わった。それは芽鱗痕(がりんこん)という冬芽の出た箇所を数える方法だ。またブナの幹の樹皮の模様はなんであるのか? と訪ねると「それはは実は地衣類の一種で、よく見るとコロニーの部分がカタカナに似ている文字なんですよ。」と話してくれた。「へぇ〜こんなとコロニーも、ものがたりがあったんだ。」植物もちょっと視点を変えると実に楽しいものなんだ、と改めて感心した。
実は岩井さんは趣味が植物民俗学。植物と人間の関わりを探る。若いのに実に詳しい。そんな縁あって、次号から連載をお願いすると、何と快く引き受けてくれた。 また一人、月刊杉の内容を充実させてくれる仲間が増えた。ありがたい。

   
 

美しいブナ林

  ブナの皮のカタカナ。
 

山を胆嚢、いや堪能したあと、生産森林組合の工場に工場長佐藤さんを訪ねた。雪ぞりや木鋤(こすき)など昔ながらの積雪地の道具の作り方と工夫がとても興味深かった。戦後あたりまで手間のかかる加工が普通に施され、それがまさにその地に適した姿であり、道具として必要だったのだ。ローコストより必要なものがちゃんと存在していた。

さて、セミナー始め、盛りだくさんの話と体験をさせてもらった今回のツアーも、ここで全行程が終了。またまた素晴らしいツアーだった。皆さんにお礼を言って別れを告げる。
その後、国道252号をさらに東へ福島県側へと進む。六十里越を通り県境を越え、田子倉駅までドライブを楽しんだ。只見線はこの間トンネルである。眼下に田子倉湖、前方はどこまでも続く美しい山並み。残る残雪。まさに絶景である。その感激に、もう設計事務所の時代は終わり、絶景事務所の時代だ!との声も上がった。

 
  六十里越えから見る絶景。「日本もまだまだ捨てたもんじゃないね〜。この美しさは。」若杉さんがつぶやく。悪いけど、僕らは誰も捨ててないよ〜。ぜんぜん捨ててません。一同反論!
 
  田子倉駅付近の線路とットンネル。向こうにナナちゃんと千代田さんが見える。
 
   
 

峠を越え、トンネルを抜ける只見線と再開。またしばらく散策する。しかし鉄道は人工物でありながら、どうしてこう自然とマッチするのだろう? 多分素材の力と自然に逆らわないことか、土木の原点だからか。
最後に スノウシェッドのような田子倉駅を見学し、同じ道を再び新潟県に戻り、高速に向かった。途中地元の豪農「目黒邸」を見学、さらにインター近くで岩井さんに教えてもらった工房を見学し、東京へと帰っていったのである。

今、地方の山村が生き残っていくことはとても難しい事である。
それはどうお金を稼ぐか? その答えがなかなか見つからないからだ。
しかし、お金に換えられないすばらしさはたくさんある。
そろそろお金に換える方法を見つけることは、そう難しくなくなって来たのかも知れない。
高速を降り、いつもの東京の風景をみてそう思った。

魚沼只見線プロジェクトは第2ラウンドに進む。

 

※一緒に只見線を旅したい方はこちら→ http://www12.ocn.ne.jp/~sakura28/

   
  ●<なぐも・かつし>デザイナー
ナグモデザイン事務所 代表。新潟県六日町生まれ。
家具や景観プロダクトを中心に活動。最近はひとやまちづくりを通したデザインに奮闘。
著書『デザイン図鑑+ナグモノガタリ』(ラトルズ)など。 日本全国スギダラケ倶楽部 本部
 


 
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