連載
  いろいろな樹木とその利用/第4回 「ウワミズザクラ」 
文/ 岩井淳治
  杉だけではなく様々な樹木を紹介し、樹木と人との関わりを探るコラム
 

日本人ならサクラに対して一入の想いがあることでしょう。私も大好きです。咲いてるときは当然ですが、咲く前のつぼみが少しずつ膨らむ様子や、花が散ってからも水面に桃色の花びらが集まっている様子も綺麗ですね。枝垂桜などは本当に美しい姿をしています。この場合のサクラはソメイヨシノのことですが、それ以外にもサクラと名のつく種類は結構いろいろあります。
でも、このサクラは花が全く異なります。
第4回目は「ウワミズザクラ」です。

   
 
   
 
 

ウワミズザクラの総状花序

   
 

北海道の西南部から九州まで分布するウワミズザクラは、高さ10〜20mになります。明るいところを好み生長も早い樹木です。樹皮は暗紫褐色で横に皮目が出ます。
冒頭で述べたように花は写真のようにブラシ状(総状花序)を呈しており、一見サクラとは思われないような形をしています。咲き方も面白く、岩井流に言えば、「花火」のような咲き方をしています。(後述)
そんなウワミズザクラですが、どのように使われてきたのでしょうか。

   
  ●名前の由来
 

漢字では「上溝桜」とされていますが、溝というのは亀甲に刻まれている溝のことを示しています。亀甲を熱してその割れ方で占いをする亀卜(キボク)は選択無形民俗文化財となっている長崎県対馬の風習(「対馬の亀卜習俗」)が有名ですが、鹿の肩甲骨を焼くものもあります。
占い方は、木製の棒を焼いて熱したものを、あらかじめ丁字(今風に言えばT字型)に割れ目を入れておいた亀の甲羅に押し付け、その熱が更にひび割れを作るもののようです。その形や方向で、吉凶を占うのです。占に使った甲羅や肩甲骨に記した文字が漢字の発祥である甲骨文字になるわけですが、この話はまたいずれしたいと思います。(漢字も好きなので。)
肩甲骨の場合は骨を焼くのがこの木で、予め彫られた骨の裏の溝を焼くことから「裏溝」「卜溝」のウラミゾが変化してウワミゾになったと言われます。
『古事記』にはその内容が「天の香具山の真男鹿(まをしか)の肩を全抜(うつぬ)きて、天の香具山のははか(ウワミズザクラのこと)を取りて、占合(うらな)ひまかしめて、・・・」と記されています。

   
  ●アンニンゴといえば
 

アンニンゴ(杏仁子)とは、ウワミズザクラの若い花穂(未熟果)を塩漬けにしたもので、新潟県などでは酒の肴や料理のアクセントに使われています。
今年の春に私も作ってみました。塩加減がわからないのでかなり塩を強くしましたが、緑色のまま変色もしていません。冷蔵庫に保存してあるので、いつか食べようと思っていますが、あまりお酒を飲まないので、なかなか機会がありません。
一度、混ぜご飯に入れてみましたが、独特の風味と苦味があり、なかなかいけます。焼き魚に添えるのもいいらしいです。
熟した実は、食用にしたり、果実酒にしたりとこちらも利用できます。ちなみに、ツキノワグマの大好物だそうです。

   
 
 

ウワミズザクラの実

   
  ●材・樹皮の利用
 

材が堅く緻密なことから、漆器の木地やお盆、印材、傘の柄に使われます。また、ナタの柄に利用されてきました。面白いところでは塩田用の器具に賞用されていたとのことですが、どういう点が向いていたのかがよくわかりません、堅い木なら他にもいろいろありますので。少し、実験をしてみたいところです。
樹皮は、樺細工に利用され、鉈のさやや煙草入れの表面を飾っています。

   
  ●その他の利用
 

樹皮と根皮はとび色染料として利用されます。甲州郡内縞はこの染料を使っています。アイヌは樹皮を薬用や茶の代用にしたようです(エゾノウワミズザクラ)。ヨーロッパでは果実をジンやウイスキーに入れ味をつけるとの情報があります。
他には、金華糖(砂糖菓子)をつくる型に利用されていました。材が堅い上に水に漬けておいても形がほとんど狂わない性質があるためですが、こういう木型を取れるほど大きなウワミズザクラを私は見たことがないので、雪の少ないところで利用していたのではないかと思います。

   
  ●方言
 

樹木を覚え始めたころは方言名などには興味がなかったのですが、今は、方言名こそ重要な情報が詰まっており、方言名を良く知ることが必要だと思っています。
ウワミゾ、ウワミズ、アハカ、ハハカ、ハハカノキ、ハハカキ、アハカラ、コンゴウザクラ、ミズザクラ、ミズミ、ミズメ、ミズメザクラ、メズラ、メクラホシゴ、メクラ、ネズミザクラ、ヨグソザクラ、ホンゴウザクラ、コンゴウノキ、コンゴ、ゴンゴノキ、コンゴシ、ココノキ、クロコボ、クロンボ、アカキ、アカクモ、アミソメ、イソザクラ、コメザクラ、アメサクラ、コネサクラ、クソザクラ、ナデンザクラ、ゴテンザクラ、アヤザクラ、カンバザクラ、ウバザクラ、ツチザクラ、ヘッピリザクラ、シウリ、ナナカマド、ヤマスモモ、ツブヤキ、エチゴブナ、マンニンゴ(アンニンゴのことか?)、ホエフト、ホエブトザクラ。
(上原敬二著 樹木大図説U より引用。歴史的かなづかいは改めた。下線部筆者。)
ウワミゾ系、ハハカ系、コンゴウ系が多いようです。

   
  ●花
 

冒頭に花火のような咲き方といいましたが、花火の種類で言うと「銀蜂」という種類になります

   
   
 

花火「銀蜂」

 

ウワミズザクラの花の咲き方

 

どうでしょうか?なんとなく似ていませんか?
「銀蜂」は、打ち上げられてから多くの玉に分かれ、各々がうなりながら、様々な方向に螺旋を描きながら乱れ飛ぶもので、色は白色です。私にはその様子がちょうどウワミズザクラの花房状に見えます。
ウワミズザクラもいろいろな方向に花穂が向いていて、大きさと形と色がそっくりです。
花火の季節が来たら、思い出してみてください。

   
  ●香り
 

サクラ類の匂いにはだいたい「クマリン」という物質が関与しています。クマリンの匂いというのは桜餅の香りですので、きっとご存知だと思います。ソメイヨシノが咲いているときは匂いませんが、葉桜になるころほのかに匂ってきます。先ほどのアンニンゴは漬けてあるためクマリンの香りがぷんぷんします。漬けることが、クマリンの生成を促進するということなので、塩漬けした桜餅の葉も匂いが際立つんですね。
しかし、樹皮については特有の匂いがするということで、クソザクラという名前もあります。特有と言うのは、クマリンの匂いではなく、ベンズアルデヒドのにおいで、杏仁豆腐とかバラ科の果実に含まれる香りに似ています。決して嫌なにおいではありません。

   
   
 

今回の写真は次のサイトから利用させていただきました。
http://aodamo.web.infoseek.co.jp/index.html (ウワミズザクラ)
http://aoki2.si.gunma-u.ac.jp/BotanicalGarden/BotanicalGarden-F.html (ウワミズザクラ)
http://www.hanabi.co.jp/hanabi.syusai.syurui.tama.htm (銀蜂)

   
   
 

【標準和名:ウワミズザクラ 学名:Prunus Grayana Maxim.(バラ科サクラ属)】

   
   
   
  ●<いわい・じゅんじ> 某県にて林業普及指導員を務める。樹木の利用方法の歴史を調べるうち、民俗学の面白さに目覚め、最近は「植物(樹木)民俗学」の調査がライフワークになりつつある。
   
 
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