特集 秋田 窓山WS&デザイン会議報告
 

窓山WS&デザイン会議に参加して

文 武田光史
 
 

窓山

 喘ぐような坂道も断崖絶壁もなく、拍子抜けするほどあっけなく窓山に到着した。雨を予感させる雲が西にあるが、空は広くて明るい。初秋の色を滲みませ始めた柔らかいフォルムの山々が、風に閃いて細波のように明滅するススキ野の彼方に見える。穏やかで素敵なところじゃないか。限界を超えてしまった無人の集落と聞いて身構えていた僕の前に、窓山はそんな風に滑らかに立ち表れ、2泊3日のワークショップが始まった。

 僕が知っているのは九州の山村だ。五家荘や椎葉は別格としても、九州山脈の集落は鬱蒼とした山の中で閉じている。幽閉されている、とも言えるほど山深い。そんな集落の一つに、熊本と宮崎の県境の五ケ瀬がある。1990年代後半、僕は何度か五ケ瀬の秋本治さんを訪ねたことがある。どうしたら山奥で暮らしていけるのか、という示唆を得るためだった。
 秋本さんは試行錯誤を繰り返しながら、長年の苦労ののち日本でヤマメの養殖を初めて成功させた人だ。九州でも冬には積雪のある過酷な環境で、何とか収入を得て生きていく方策を模索したからだという。彼はその技術を、請われれば惜しげも無く、県や地域を超えて無償で教えた。そのことをとても感謝している人達から秋本さんの話を聞いて、五ケ瀬に出かけたのだった。
 地方には、実は恐るべき達人たちがいる。秋本さんはヤマメを養殖して、原材料として出荷するだけでは限界があることに気付いた。そこでヤマメを甘露煮などの保存食に加工して、付加価値のある商品にする工夫をした。それでも飽き足らず、ヤマメを調理して地元で食していただく場を作ろう、と考えた。それが成功すれば、多くの人達が五ケ瀬を訪れ、山を知ってもらうことにもなるはずだ。加工場だけではなく、飲食のサービス業は地元に就業の場が増えることにもなる。囲炉裏端のカッポ酒やマムシの串焼きもある『山女魚の里』は成功した。お酒も美味しく飲んで、泊まって帰りたいお客のために、清潔で気持ちの良い宿泊施設も併設した。おそらく、ここまでが普通の成功譚だろう。ここからが達人たる所以である。
 五ケ瀬の冬は寒い。雪も降る。秋本さん達は、冬でも客が訪ねてくれるにはどうしたらよいか、と考えた。その結果、九州で『スキー場を造ろう』という破天荒な野望を抱くことになる。それから数年間、山の気温や風や雪質のデータを採取するために、秋本さんとスタッフは冬になると毎日温度計やメジャーを持って登山した。彼らの執念が実って、人工降雪施設があれば可能というデータをもとに、県の認可も受けてスキー場は出来た。集落の、僻地の壁に穴が開き、風が抜けたのだった。そうなると、訪れていただいた人達にはスキーや休憩だけでなく、もっとゆっくり滞在してもらいたい。フランスの地方にはオーベルジュという、土地のワインと食材を使った料理が主役の小ホテルがある。わざわざそこまで足を運ばなければ、お金を払っても味わえない世界だ。そこでは土地の風景も、おもてなしのマナーも、味のうちである。オーベルジュを造ることを決心した秋本さんは、ホテル完成の前にシェフをフランスから招聘した。シェフと一緒に植物図鑑を手にして山に入り、食べられそうなものは雑草から木の実まで、何でも口にして試したという。数年養った大型のヤマメの卵はイクラのように、身はスモークするなど工夫を重ねた。料理も宿も評判になった。そして奇跡が起こる。宮崎県で初めて、恐らく日本でも初めての、全寮制中高一貫教育の県立学校が五ケ瀬に出来たのである。冬場の体育は勿論スキーだ。学生の父兄もやって来る。秋本さんは小学校しか出ていないというが、静かに話す言葉は教養に満ちていて、僕はいたく感服したのだった。

 結局、人だと思う。幸い窓山には加藤さん達、地域の強力で実行力のある支援グループがある。県内には菅原さんたち元気なサポーターもいる。なにより今回嬉しかったのは、学生など大勢の若い人達が窓山に興味を持ち、足を運び、体を動かして『何かを受け取り伝えたい』という強い意志を感じたことだった。彼らの行動を見知って、とても心強い思いをした。『オコゼ祭り』のクライマックス、山の神に感謝の祈りを捧げた後、スギの角材で組まれたスケルトンオコゼに火が入る。燃え上がる炎以上に、祭りの参加者たちの熱気を感じる。人と人、人と場所の繋がりが、きっと来年も再来年もこれからずっと、懐かしい再会や、新しい出会い、を作って行くことだろう。窓山はこの人達がいる限り大丈夫だ、との思いを持った。
 窓山は『里山』だと加藤さんたちは話していた。穏やかで包容力のある里山の空間は居心地がよい。ここに大きな蓮池を作って月を映し、蓮根の天麩羅と蓴菜を肴に一杯やって、締めは冷たい蕎麦がいいかな〜と、祭りの後の勝手な夢を見ている。

   
 
   
   
   
  ●<たけだ・こうじ> 建築家
 
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