特集 日向市のまちづくりと、プロジェクト本「新・日向市駅」発刊!
  『鉄鼠の檻』のごとく
文/ 小野寺 康
 
分かっていたはずだが、手に取ると相当のヴォリュームだ。
(京極夏彦の小説じゃあるまいし)と思った。
この本がどういう反響となるのか、期待と懸念が入り混じる。
懸念?
そう、懸念している――「理解されるのか?」というところに。
つまりそれは、理解してもらいたいという願望が強いからだ。強すぎる。あまり思い入れがありすぎるとうまく伝わらないものだが、この本を手にするとそんなことを思わざるを得ない。
この本は、おそらく街づくりや建築、都市デザインに興味のある人が手にするのだろう。業界の専門家たちも読むと思う。
面白いと思ってくれるだろうか。
我々関係者は、登場人物を実際に知っていて、当時の事情も(すべてではないが)ある程度把握しているので、当然面白く読める。だが、第三者が手にしたとき、どういう反応になるだろうか。
   
  脚本形式に、登場人物がそれぞれの視点で場面を描くというのは珍しいパターンだと思う。とくにお堅い土木の専門書としては異例中の異例だ。複数の登場人物が同じシーンを、異なる立場や視点から語るので、まるで海外ドラマ「24 -TWENTY FOUR-」のような同時多角描写の雰囲気となっている。
   
  それは面白いと思うだろうが、そのため、登場人物がやたらと多いのに面食らうのではないか。おそらく、最初は「これ誰だっけ?」と確認しながら読み進める形になると思う。巻頭に登場人物紹介が写真入りで入っているので多少の助けになるだろう。各登場人物の紹介コメントは篠原修先生が自ら書かれたそうだが、かなりユーモアがあってツボをついている。だが、それでも相当多いことに変わりはない。
   
  専門用語が多くて分かりにくいという部分もあるはずだ。
都市計画や鉄道関係の専門用語がやたらと飛び交う。特に公共事業の仕組みについては、一般に知られていない分野だけに、「どうしてこの人はそういう態度になるのか」と面食らう場面が多いのではないか。役人や鉄道事業者の感覚は一般常識とずれている、というような憤りや疑問を感じる場面もあるかもしれない。設計者のエゴを思う人もいるだろうか。そこで「くだらない連中の話だ」と決め付けてこの本を投げ出してしまえばそれで終わる。だが少し我慢すると、途中に状況解説のコラムが差し挟まれている。特に辻さんの解説は、なかなか的確で分かりやすい。この解説で救われ、業界の「事情」を“勉強”し、それぞれの立場や考え方がわかると、いま日本の公共事業がどんなしがらみと価値判断の中で進められているのか、生々しく知ることができるようになっている。
   
  ということは、この分野に興味のある学生たちは、読み進めて「現場」に巻き込まれながら、いつの間にか社会や政治、経済、行政組織の勉強ができるということだ。お堅い解説書で表面的なところを学ぶより、はるかに体内に入ってくると思う。京極夏彦の『鉄鼠の檻』は、下手な解説本よりはるかに禅の本質が理解できるストーリーになっているが、それに近いといってはいいすぎか。
少し辛抱して、ツボにはまれば、画期的な専門書となっていることがわかると思う。
なにしろ臨場感にあふれている。関係者として申し上げるが、本書のできごとは、実際にかわされた会話そのままである。リアルだ。時にぶつかり、ぎくしゃくし、打開して喜び合うそのプロセスが、ほぼ印象そのままに記述されている。
   
  土木、あるいは公共事業、行政といった分野は、建築や造園など他の空間づくりと比して一般に情報が少なく、どういう仕組みで街が出来上がるのか、よほどに分かりにくいものだ。それをいくら分析的に解説したところで、現場の雰囲気は分からない。でもこの本は、むしろその現場の雰囲気をこそ、伝えていると思う。
ということで、皆さん、日向本を買って、読んでみてください。
それがいいたかったのでありました。
   
  そうそう、後扉の写真は私が撮りました。
交流広場の施工がほぼ終わろうとしている今年2月の終わり。ライトアップ設備に通電してその効果を確認した、まさにその瞬間の光景です。三脚がなかったので、一眼レフの高感度をノイズのぎりぎりまで上げて、身体を固定して撮りました。たまたま現場にブルドーザーが置いてあったので、その座席に乗り込んで、シートとガードフレームに体を押し付けて、さらにミラーショックを軽減するため連写機能を使って撮ったうちの一枚です。
写真までもが生々しいということ。
そんな本です。
   
 
  後扉の写真
   
   
   
   
 

●<おのでら・やすし> 都市設計家
小野寺康都市設計事務所 代表 http://www.onodera.co.jp/

   
 
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