連載
  杉という木材の建築構造への技術利用/第17回 「わかりやすい木造住宅の構造基礎知識 2」
文/写真 田原 賢
 

「杉の可能性を引き出す」木造建築の構造を、実例をもとに紹介していきます

 
*第16回 「わかりやすい木造住宅の構造基礎知識 1」はこちら
   
   
  第1章 材料及び接合部の荷重変形性能
   
  2.材料強度と変形
   
  現実の木材ははじめは弾性で、途中から塑性になる(弾塑性)ような性質を示します。荷重-変形関係をX-Yグラフで表現するとはじめは直線で、ある変形量以上になると徐々にグラフの傾きがゆるくなっていき、最後は負の傾きになって破壊で終わる曲線に変化します。
  このような曲線を含むグラフを数式化すると複雑になりすぎて、簡単に計算が出来ません。そこで、これを破壊するか荷重が最大荷重の0.8倍まで低下したときまでに吸収するエネルギーが等くなるような完全弾塑性要素に置き換えて、直線だけで表現します。こうすれば終局時まで荷重-変形性能を計算上で評価できるようになります。計算モデルは実際とは若干荷重-変形関係が異なりますが、概ね同じといってよく、また吸収エネルギーが同じであるので、終局耐力は同等であることが保証されます。(Fig.1-8)
  一般に、材料の荷重−変形性能は構造計算が容易なように、試験結果を完全弾塑性に置き換えて、材料性能のばらつき・施工精度、劣化等の影響を加味した上で統計的に処理して求めます。
   
 
  Fig.1-8 荷重-変形関係のモデル化
   
  建物に被害が全く生じないようにするには、建物の材料や接合部等全ての変形が弾性変形範囲に収まらないといけません。しかし、百年に1回起きるかもしれないような大地震に対しても、被害が生じないようにするのは経済的ではない場合があるので、建物が倒壊したりして人命に被害が及ぶようなことがない程度の塑性変形を許容した設計が許されています。
  この建物が倒れないぎりぎりの状態を終局状態といい、そのときの強度を終局強度といいます。塑性変形は地震動のエネルギーを変形することでよく消費できるので、終局状態を計算に入れることで耐震性をアップすることができます。
  耐力要素・建物全体の終局耐力の計算は、材料・接合部の荷重−変形性能を用いて全体の変形を計算することで可能になります。
   
 
   
  3.接合強度と変形
   
  接合部を考える場合、各部材自身の性能に加えて、部材同士が組み合わされたときの変形・力の伝達・挙動を評価しなければなりません。計算が難しい時は、試験を行って接合部全体としての性能を確認する場合もあります。
  実験により性能を確認する場合、接合部の荷重−変形性能も、完全弾塑性に変換した上で、材料性能のばらつき・施工精度、劣化等の影響を統計的に処理して性能を求めます。建物全体の設計をする場合はこの接合部の性能を使って安全性を確認します。
  木構造はその性質上、接合部の性能によって全体の耐力が決定されるといってもよいので、接合部は十分に検討することが必要です。また、材料についても、木材特有の力学的性質によってS造やRC造とは異なる変形・破壊の性状を示すので注意が必要です。もっとも、一般的な構法はこれらの点をふまえた上でつくられているので、普通と違ったことをしない限りはそれほど心配する必要がないのも事実です。
  では、次に木造特有の接合部の例を挙げます。但し、ここに挙げられているのはあくまでも一例です。ここに挙げられた接合部以外にも様々な接合部があり、それぞれが特徴的な破壊性状を示します。
   
   
  ●木材に打たれた釘などのせん断とパンチング
  一般に、釘やビス・ボルトの様な接合具で接合された部材同士が平行にずれていこうとすると、接合具を断ち切ろうとする力が働きます。
  ところが、耐力壁の合板を釘打ちした場合などでは、合板と打ちつけた材がずれていくと釘が引っ張られて、釘の頭がめりこんで行ってしまい、最後には釘の頭が合板を打ち抜いて破壊してしまう場合があります。これをパンチングといいます。(Fig.1-9)
  このような場合は打ち付ける材の性質によって耐力や破壊形式が変わってきます。従って、このような場合は釘+側材の試験データから接合部の性能を決定するのが適切だといえます。
  また施工的な面からみると、打ち込み時に釘の頭がめり込んでいたりすると、パンチングが生じているのと同じなので、耐力が下がります。(ほとんどの試験では釘を手打ちしているので、既存の試験データは、釘頭がめり込んでいないときのものです。)
   
 


  Fig.1-9 合板のせん断とパンチング
  釘が曲がりながら木材にめりこんでいく。最後には釘が抜け出して破壊することが多い。耐力とねばりは大きい。
  薄くやわらかい部材に頭の小さい釘を打ち込んだ場合や、釘打ち機で釘を打ち込みすぎて釘頭が沈んでいると、面材を打ち抜いてしまう。脆性的な危険な破壊をおこす。
   
   
  ●母材のせん断、端抜け
  木材は繊維同士のつながる力が弱いため、繊維方向に強いが直交方向は弱くもろい性質(異方性)をもっています。そのため、繊維木材の繊維方向のせん断力、つまり繊維同士の結合を断ち切ろうとする力が働く場合は、脆性的な破壊を引き起こします(Fig.1-10)
  このような接合は補強金物をボルトで取り付ける場合などごく一般的なので、このような破壊が生じないように端距離・縁距離が定められています。
   
 
  Fig.1-10 繊維方向のせん断
   
   
  ●割裂
  木材の繊維方向と直交方向に引裂こうとする場合、釘などの接合具のせん断強度が木材の割裂に対する強度より高い場合、割裂破壊が生じます。この破壊は脆性的です。
  例えば、柱脚部に山形金物を使っている場合でアンカーボルトの座金の押さえ込む位置が柱芯より離れていると、応力が増大しこのような破壊形状となります(Fig.1-11)。 ZN90釘のせん断耐力 > 土台の割裂に対する耐力 となって土台の割裂による脆性的な破壊をおこします。
   
 
  Fig.1-11 山形金物接合部での釘による土台の破壊
   
  長ホゾ+コミ栓接合はホゾ部分のせん断・端抜けが生じる場合と、土台が割裂してしまう場合、コミ栓が折れる場合の3パターンがあります。ですから逆に、設計する際は危険なせん断破壊・割裂破壊が生じないように形状などを決めることがポイントとなるわけです。
   
   
  ●側材の端抜、補強金物の切断、降伏
  床や壁に打ち付ける板材でも、木口に近い場所に釘等が打たれている場合、木口から十分な端距離をとっていないと、せん断による端抜けや、割裂などの脆性的な破壊が起きる場合があります。小規模の木造建物ではこれらの部材も構造上重要な役割をはたしていることがあるので、注意が必要だといえます。
  補強金物を使用したときに、釘や母材の耐力が十分ある場合は、金物の側で破壊が起きる場合もあります。金属はねばり強いので、この場合はある程度靭性の高い破壊性状になります。
   
   
  ●めりこみ
  繊維に直交方向に圧縮力が作用する場合、繊維間の結合部が圧縮されながら潰れていきます。この際に繊維方向のつながりにより、直接力を受けているところより大きな範囲が抵抗します。そのため、比較的強度が高く、ねばり強い(靭性の高い)変形性状を示します。ただし、一定以上の変形になり繊維が切断されてしまうと、せん断破壊的な性状を示します。
   
 
  Fig.1-12 様々な破壊性状
   
   
  ●圧縮
  木材が圧縮力を受ける場合、繊維に直交方向は前出のようにめりこみという木材特有の変形をします。繊維方向に圧縮力を受ける場合、多くは座屈現象で最大耐力が決定されることが多く、木材自体が圧縮破壊することはあまりありません。
  木材そのものではありませんが、土壁は圧縮を受けるとほとんど変形せずに脆性的に破壊します。ただし、全体としてはすさなどの繊維質や、小舞(竹等を組んでつくられる土壁の心材)が土を拘束して、比較的ねばり強い破壊性状を示すようです。
   
 
  Fig.1-13 土壁の破壊
   
   
   
  次号につづく
   
   
   
   
  ●<たはら・まさる> 「木構造建築研究所 田原」主宰 http://www4.kcn.ne.jp/~taharakn
   
 
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