特集 ティンバライズ九州展 「Let's Timberize! in 九州」
  「西通り」木質化プロジェクト総評
文/ 山下保博
   
 
  ティンバライズ展の意義
   
  私がこの展覧会の動きに注目したのは、3年前に表参道のスパイラルにて開催された『ティンバライズ建築展 - 都市木造のフロンティア』を見たのが始まりであり、その時感じた衝撃は忘れられない。
   
  それは、今までの日本古来の木造を否定するのではなく、別の立ち位置から新たな木造の可能性を実証、実験を踏まえた中で見せていたからである。その展覧会以前より紙面上や腰原先生のレクチャー等で部分的には見ていたが、ここまで大体的な展覧会をやったことで、メンバーの方向性がほぼ表現できていた。その時に思ったことは、この展覧会がこれからの建築を考える上で、大きな変換点のひとつとして考えられるだろうということだ。
   
  そして、今回この展覧会の延長が九州福岡の「ぐりんぐりん」で開催されたことも象徴的な出来事である。なぜならば、建築家伊東豊雄のモダニズムを超えた有機的な建築、自然と建築の境界を取り払うような新しい建築の中で、その次なる木造の展覧会が開催されたのだから。
   
 
  「西通り」木質化プロジェクト プレゼンテーションの様子
   
 
   
  各研究室のプレゼンテーションについて
   
  今回のティンバライズin九州展に出展した10組のチームについて、話をしたい。
  全体的な話からすると、各研究室の頭脳と技術と労働力を結集した大掛かりなプロジェクトが数多くあり、見ごたえのある展覧会であった。九州の学生たちの能力の高さと根性がひと目で分かり、同じ九州人として微笑ましく思った。
   
  その中で、私が特に注目したものは2つある。ひとつは、佐賀大学平瀬研究室の「木と光の積層」案。もうひとつは、九州大学末廣研究室の「モクガハニカム」案である。
   
   
  佐賀大学平瀬研究室の「木と光の積層」案   九州大学末廣研究室の「モクガハニカム」案
   
  まず、山下賞を差し上げた平瀬研究室の案に関して説明したい。
この案は兎にも角にも、木造でしかあり得ない案であることが選んだ理由である。木造といっても通常のラーメン構造やピン構造ではなく、木の塊を掘り込んでいくという大変奇抜なアイデアから成り立っている。しかし、このアイデアは彼らが考え出したのではなく、表参道の展覧会の時にはすでに存在はしていた。その展覧会において、私自身一番印象に残ったのも木の塊を彫り込んだ家具であったから良く覚えている。しかしながら、その案を大胆に大規模な建築の主要な方法として使用したことは、とにかく面白いの一語に尽きる。もし、この建築が完成したならば、世界中の建築家が驚くであろう。なぜならば、今まで構築してきた積分的な建築の方法ではなく、微分的な建築の方法での構築だからである。私自身も機会があるならば、この方法で建築を作りたいと表参道の展覧会を見た当初から思っている。
   
  次に末廣研究室の案を説明したい。この案は、学生の域を超えた現実性のある案であり、意匠と構造と工法が融合した案である。今回の展覧会の中では、私たちプロフェッショナルの建築家が思考することとほぼ同じようなレベルのものを提出したことは驚きであり、この研究室のレベルの高さが伺える。今回、私としては賞を差し上げなかったが、別の方がきちんと賞をお渡ししたことで、授賞式の時には、特にはコメントを差し控えた。
   
  このふたつの優秀な案以外にも、気になるものは数多くあった。
第一工業大学根本研究室の球体のみで構成する案は未知なる可能性を多く感じた。福岡大学高木研究室は、木造建築の伝統的方法と構造と構法的システムの融合からなる新しい空間の可能性を感じた。
九州産業大学矢作研究室の案は、3つではなく、1つの案(木材を井桁上に組み合わせる案)のひとつに絞り込んでブラッシュアップしたならば、相当良い案になっていたと思う。
   
 
   
  これからの建築・建築家について
   
  東日本大震災は、私たちに大きな変化を突きつけたと思う。経済を優先的に考えたこの社会システムが本当の幸せに導かないということが顕在化したことは、価値観のパラダイムシフトをしなければならなくなった。それは、建築が地震や津波で崩壊した以上に、福島の原発で発覚した政治的な仕組みやメディアの不甲斐なさが露呈したことでも明らかである。
   
  建築の世界を振り返ると、これまでの公共建築のやり方は、依頼する側の行政と使用する側の住民とそれを構築する建築家とがうまく対話できない中で完成してきたことが問題だと思っている。言うならば、作る側と使う側の距離が離れすぎたということである。
   
  これからの建築はその作る側と使う側の距離を縮めること、その地域がもつ特性を探し出し、新たな構築を行うことが求められていると思う。そのため、建築家はその地域を構成する重要なキーマンであり、あえて言うならば、美術のキュレーターのような存在であると思う。その地域の持つ歴史性や地理性を的確に捉え、再構築することがこれからの時代の建築家に求められていると思う。
   
  もし学生諸君がそういうことに興味があるならば、新しい視点を持った建築家になることを是非ともお勧めしたいと思っている。また、今回の展覧会を通して、木のおもしろさや可能性を感じてくれたと思う。可能であるならば、定期的な展覧会を続けていくことを望みたい。お疲れ様でした。
   
   
   
 
●<やました・やすひろ> 建築家
アトリエ・天工人(テクト) 代表取締役

   
 
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