特集 天草高浜フィールドワーク2013
  「解」はディティールにあるはず。〜高浜フィールドワークでの貴重な経験〜
文/写真 平井俊旭
     
 
 
  「ウシブカハイヤ」???この呪文のような聞き慣れない言葉を初めて耳にしたのは、高浜に向かうマイクロバスの中だった。このバスの中には高浜フィールドワークの主催者である九州大学の藤原教授とゼミのみなさんと韓国や中国からお越しになった大学生、そしてかの若杉さんに巻き込まれた社会人が混在していた。
   
  このインターナショナル且つジェネレーションのギャップの激しいバスの中で自分の居場所を探そうとしていたのだが、そのうち車内では1000本ノックのように自己紹介が繰り返された。自己紹介が繰り返されるとは、藤原教授が思いつきのお題を掲げそのお題に基づいた体験談を手短に話す、一巡するとまた次のお題といった具合に常にマイクが回ってくるというものだが、この間に他者の自己紹介を聞いていると様々な角度からその人の人となりが浮かび上がってくるので、まだ一度も話した事も無い人なのになんだか昔から知っている人のように感じてしまう。「ウシブカハイヤ」とはその時に聞いた言葉だった。
   
  「ウシブカ」(牛深)とは天草の地名、「ハイヤ」とはこの地に伝わる伝統的な踊りの名前だということが分かったのは、この旅の2日目の夜に高浜の漁港で行われた小さな手作り音楽会の時だった。ベースに流れるのは三味線と太鼓のリズム。天草の夕暮れを背に目にしたこの踊りは沖縄の民謡を彷彿させる南国の開放的な旋律と日本の土着的な振り付けがミックスされたようなとても印象的なもので、今でも頭の片隅にその時に感じた感覚が引っ掛かっている。
   
  そもそもこの高浜フィールドワークとは、天草諸島の西の外れに位置する小さな町の地域再生のためのワークショップであり、参加者は仕事でもなく、何かがもらえる訳でもなく、博多から、宮崎から あるいは東京から、場合によっては国外から身銭を切って集まって、幾つかのグループに分かれてテーマに基づいたフィールドワークを行い「あーでもない」とか「こーでもない」などといろんな議論を繰り返し、最終的に高浜の未来の在り方を、グループ毎にプレゼンテーションする、というものなのだが、客観的にみると究極の"おせっかい"なのだ。
   
  しかし何故この"おせっかい"にこうして人が集まるのかと言えば、それはひとえに、発せられている個人の「熱」のせいだと思っている。藤原教授の執拗に発せられる熱に、地域の熱を持った人と学生が反応し、更に若杉さんのオーバーフロー気味の熱に千代田さんやその仲間たちの熱が反応し、さらに沢山の人を引き付けるといった具合に。人は「熱」に引き付けられる習性があるのだと思う。
   
  そしてこの「熱」は、マーケティングや何処かで見たというレベルの薄っぺらな情報からは決して生まれない。自らの五感で感じとった様々な情報や、経験から来る強い思いが無ければ人を動かす程の「熱」は生まれない。
   
  そして、だから「解」はディティールにこそあると思う。
   
  ディティールとは、理屈を超えたリアルと言えるかもしれない。例えばそれは、高浜のおじいちゃんやおばあちゃんのはにかんだ表情かもしれないし、町中に積まれた石垣の表情かもしれないし、美しい夕日を反射させるさざ波かもしれないし、子供達の笑顔かもしれないし、ウシブカハイヤの旋律なのかもしれない。その場所で自らが感じ取った何かが頭の中で還元され、次第に発せられる「熱」に変わって行くのではないだろうか?
   
  日本には数えきれないくらい沢山の過疎が進む町や村がある。そして高齢化は進み人口は減り続けている。当然この過疎の進む町や村は少しずつ消滅してゆく事になる。その中で残って行く場所はきっと人が発する「熱」がある場所になるはずだ。高浜には藤原教授の"おせっかい"によって焚き付けられた細やかな熾火のような熱がある。この熱を地域が再生する程の強い炎のような熱に変えて行くには、まだまだ沢山の人の熱が必要だ。
   
  高浜でこのフィールドワークが行われているということは高浜にとってはチャンスなのだが、これをチャンスと捕えるかどうかは、この地に住む人が本気で後世に故郷を残したいと思うかどうかだ。そしてこのフィールドワークが本来の目的を達成するためにはもっと膨大なディティールを収集し編集しなければならないと思う。そのディティールとは住民一人一人の本音だったり、あるいは夢かもしれない。そして火を消さないための燃料となるのは経済的循環であり、それは高浜にあるポテンシャルをどのようにお金に変えるかという仕組み作りだが、それにも沢山の情報収集とこれまでの常識に捕らわれないアイデアと緻密な設計とそれを成し遂げようとする人の強い熱量が必要になるだろう。
   
  東京に戻ってから、あの高浜の港で見た「ウシブカハイヤ」をもう一度思い出したいと思い「牛深ハイヤ」を検索し、youtube で見てみるのだが、あの時に感じた心の琴線に触れるような感覚を取り戻す事は出来なかった。それはきっとあの場所で感じた光の揺れだったり、音の響き方だったり、匂いだったり、出会った仲間達の人いきれだったり、そうした場所と瞬間のディティールが心を動かし、「熱」に変わってゆくのだろう。だからこそフィールドワークという一見遠回りのようで "おせっかい"な手法に、可能性と夢と答えがあるのではないだろうか。
   
  ここまでひたすらにご尽力下さった藤原教授とそれを支えている学生のみなさんへ、これからの益々のご活躍にエールを込めて。
   
   
 
  フィールドワークでの町歩き
 
  高浜の美しい風景
 
  2日目早朝、グランドゴルフ
 
  ウシブカハイヤ
   
   
   
   
   
   
  ●<ひらい・としあき> 株式会社Smiles クリエイティブ室/店舗開発室 ディレクター 
   
 
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