連載
  私の原体験/第5回 
文・写真/ 南雲勝志
  アケビ採り
 

 春は芽吹きの山菜、そして秋は実りの山菜。どちらも魅力的ですが、長い冬の前に気持ちのいい気候に浸りながら、自然がつくった集大成に触れられる秋の山菜採りは実に気持ちのいいものでした。当時は大人も子供もみんな一生懸命でした。地上に落ちているものを拾う栗やクルミ、そして比較的浅い森にあるキノコ類は毎日撮れるとはいえ、ちょっと人に先を越されると全部採られて何も無くなってしまいます。ですから朝の早起きは毎日の鉄則でした。少し寝坊すると走って山に行ったものです。 そしてみんなが行くところは大きな成果は見込めない事がだんだんと分かってきます。結局人より沢山撮るためには他人の知らない自分だけの場所を知っているかどうかが鍵になってくるのです。 笑

 秋の収穫で僕が一番好きだったのはアケビ採りでした。アケビの実は少し深い山の中に入らないとなっていないので、まずどの辺りに沢山なるか基本的な知識が必要でした。実は春先に採れる「木の芽」はアケビの新芽なのです。ですから春に木の芽があるところにはアケビがあることになります。ただ、全部が全部そうかというとそうとも限りません。木の芽は地面から直接はえるのもありますが、どちらかというと人の手の届かないような高いところにあるものに大きな実がつくのです。また春は雪解けなので山も歩きやすいのですが、秋は草木やツルが生い茂り、春とは全く違う景色になっていて行けるところも違うのです。

 アケビ採りは慣れて来ると一個や二個なっているものを見つけても感動しなくなります。見渡す限り鈴なりになっている光景を見ると心臓が飛び出るほど心躍ったものです。そういうところは大体、青木などの雑木にアケビのツルが絡まり、上から見てもほとんど塞がっていても良く分からなくなっています。しかし下の方から中に入ると、原始人の住居のようなちょっとした空間になっていて、 その天井から真紫なアケビがあちらこちらからぶら下がっているのです。 熟した実はふっくらと膨らみ、手で触るとバナナのような柔らかさになっている時が食べ頃です。実の両端の膨らんだ方を上にして両手の親指で内側に軽く押すとパクッと音がして皮が開き、中に水飴のように透明な実が姿を表します。その水飴の中には無数の小さな黒い種があるのですが、構わず丸ごと一気に口に含み、甘い汁を口の中でもぐもぐと吸いとり、最後に種だけを吹き出すます。まあ、いま食べるとそんなに美味しいものではないのでしょうが、ちょうど食べ頃の実を収穫できた喜びはこの上ないものでした。ただ大体ひとりで行くのでその喜びを言葉で人に伝えることは出来ませんが。

 
  アケビのなっている様子。胸が高鳴った。
 
  中の実を食べるときはこんな風に開けます。
 

 なっている実の熟し具合は同じ場所でも様々で、まだ緑色で堅い実は中身も白く、苦くて食べられません。逆に実が熟しすぎると自然に口が開き、そこに蟻や蜂が入り込んでせっかく採ってもこれも食べられないのです。開いたばかりのものはアケビの細いツルで中央を縛って持って帰りました。そして、残念ながらあと少しで熟しそうなものは、とりあえず採って帰ることもありました。その時はすぐに食べずに米櫃入れておき、数日すると熟して美味しくなる、と言われましたが、やっぱり天然の紫色の状態にはなりませんでした。 もしそこが誰も知らない自分だけの秘密の場所であれば、余り気にする必要はありません。数日後そこにまた訪れれば良いのですから。家から20kg用の米袋を持って行くのですが、すぐに袋一杯にすることが出来ました。 ただ持って帰るのは子供には結構きつかった事も覚えています。

 今は大人も子供もアケビ採りはほとんどしなくなったそうです。ひとつは美味しいものが沢山ありすぎる事、もう一つは山に入る人が少なくなり、山道も無くなりなかなかそういう場所に行けなくなったことが原因です。 数年前、昔の自分だけの場所にずいぶん暫く振りで行きました。道がほとんどなくなり、行くのにかなり大変でしたが、そこには昔よりもっともっと沢山のアケビがなっていました。ただ、驚いたことにちょうど食べ頃のアケビはすべてぶら下がったまま、口が開き中身が空っぽです。これは猿の仕業でした。人が山に行かなくなり、麓まで降りてきた猿の格好な食料になっているのです。猿が悪いなどと言うつもりは毛頭ありませんが、里山の崩壊ということを身に染みて感じた瞬間でした。

 我々はこれからどういった選択をすべきか?どちらが人間に採って大切か?自分なりに もちろん分かった上で、未だに方法と答えが見つけられないままでいます。そうやって考えている間にも時間が過ぎていく事に諦めようのない気持ちと、どうしようもないじゃないか、これも時代の流れなんだから、と自分を説得する気持ちの二つの思いが自分の中に存在しています。

   
 
   
  ● <なぐも・かつし>  デザイナー
ナグモデザイン事務所代表。新潟県六日町生まれ。
家具や景観プロダクトを中心に活動。最近はひとやまちづくりを通したデザインに奮闘。
著書『デザイン図鑑+ナグモノガタリ』(ラトルズ)など。 日本全国スギダラケ倶楽部 本部
facebook:https://www.facebook.com/katsushi.nagumo
エンジニアアーキテクト協会 会員
月刊杉web単行本『かみざき物語り』(共著):http://m-sugi.com/books/books_kamizaki.htm
月刊杉web単行本『杉スツール100選』:http://www.m-sugi.com/books/books_stool.htm
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