特集 杉コレ in 都城

 
作品「森の待合所」★★グランプリ受賞市民賞受賞
文・写真/川村洋人
有機的な杉の塊に魂を吹き込んだみんなの想い
 
 

 最初、このコンペへの応募を決めた時は軽い気持ちだった。設計コンペに応募するのは全く初めてだったので、何か自由で楽しい課題のものに取り組みたいと思っていたところ、一次審査を通過すると10m3の杉を使って実物製作のチャンスがある、というこのコンペの記事が目に入った。タイトルがタイトルなのでどこまで本気なのか分からないが、面白そうなので、とりあえず応募してみる事にした。後になって、その軽い気持ちが自らの首を締めるような事になったのかも知れないが……。

 応募を決めて、先ずは図書館とネット上で杉について色々と調べてみた。仕事等で杉を扱った事も無く、杉に対する知識が殆ど無かったからだ。調べて分かってきた杉の特徴は年輪が広く比重が小さい為軽く柔らかい、一方、靭性が高い、肌触りが暖かい。特に飫肥杉と呼ばれ宮崎を中心に産出する杉は、油分が多く、防蟻性、耐久性が高く、香りも高い。昔は弁甲材(船の材料)として需要が高かったという事等だった。過去に自分が手にした杉材を思い返して、なるほど、と納得する点などもあった。こういった杉の特徴を踏まえて、特に杉という素材の持つ柔らかさ、暖かさといったものを伝えられるものを作れたらいいなと思っていた。
  こういった、杉に関する調べ物とコンセプトの模索に平行して、構造や工法等といった方向からもアイデアを出していった。その中の一つが、小さなユニットをブロックのように組んでいって大きなものを作る。更にそのユニット単体にも何か使い道などを持たせて、イベントが終わったら、バラして、会場に来た人に記念品として配る事が出来るようなものというアイデアだ。しかし、組み立て、解体を容易に出来るようにすると、ちょっとした拍子で崩れたりする危険性が出てくる。組み上げて出来る完成品の形も、自由な不定形にしたいと思って、漠然と得体の知れないモコモコとした形をスケッチしてみたが、イメージがまとまらなくて、行き詰った感じになり、しばらくは何もしないで放って置いた。

 何もしないまま8月になってしまい、ちょっと焦ってきてもう一度、作品で何を伝えたいのか?という所に立ち返って考えてみることにした。杉の柔らかさ暖かさを伝えるとすれば、やはり実際に杉に触れて実感してもらうのが一番だろう。そこで、ふと、思い出したのは、今から十数年前、初日の出を拝む為に一人で山登りをした時の事。暗く、寒い山道を一人で歩いていて、物凄い孤独感と、不安感におそわれた。その時、体を支える為に何気なく木の幹を掴んだ。その幹の感触が意外と柔らかく、暖かくて、まるで生き物の肌に触れた様に感じられて驚いた。それまで暗く不気味に見えていた筈の周りの景色を見回すと、辺りに生えている木々がまるで自分を暖かく見守ってくれている様で、それまでの不安感が解消されていった。木の生命感の様なものを感じた印象深い体験だった。そうして、そういったものを何とか形にしてみたいと思った。

    そんな事を思い始めていた時、インターネットで見つけたのが屋久島の森の写真で、映画のもののけ姫に出てきそうな苔むした自然の杉の古木の森だった。木の持つ生命力とか優しさみたいな物が良く出ている風景で、とても惹き付けられた、と同時に、その森のイメージと、杉の暖かさ、柔らかさを伝えたいというコンセプトと、ユニットを組上げて、不定形な形を作ろうというアイデア等がなんとなく結びついてきた。そこで、屋久島の写真を色々見て更にイメージを拡げていった。そうした中で、森の中心にある杉の古木に、いつも森の中の動物達が集まって来て井戸端会議などをやっている様な、皆が自然と集まってくるような場所という様なイメージが生まれてきた。

 
森のイメージから発想へと繋がった。

 

 ようやく作品のイメージが固まり始めてきたが、これをどうやって杉材で表現するか?ということを決めなくてはいけない。そこで、出てきた考えは、建築模型で勾配の大きい敷地を再現する際に等高線に沿って板材をカットして積み上げるが、これを杉の板に置き換えてみてはどうだろうというアイデアだった。自分の嗜好として、幾重にも重なった曲線がうねうねと蠢いているあの雰囲気が好きなので、なんとなくやってみたいと思った。それに、この方法なら模型でもかなり実物に近いイメージが再現できそうだった。結局この時点でユニットを組上げるというアイデアは捨てる事にした。

 いくつかスケッチをしてみたが、自由曲面の立体なので、2次元のスケッチでは中々形がイメージ出来ない。そこで次は数日かけて粘土をこねくり回す事にした。これは、頭の中に存在する未だモヤモヤしているものを形に定着させる為に自分が良く使う方法だ。粘土で形を探りながら、外観はあの杉の古木のうろの様であるのと同時に、内部空間に森の中で木々に囲まれたような雰囲気を出したいと思った。太い木の幹が何本も空に向かって伸びていき、そこから枝葉が拡がっていって、天蓋を作り、その枝葉の間から木漏れ日が差し込んでくる様を表現しようと思い、試行錯誤を重ねた。
  ある程度頭の中に在ったものが形になってきた所で、使い勝手やある程度思い描いていた迫力や雰囲気が出せそうな内部空間の広さ、高さ等を考慮しつつ平面図を描き、更にその平面図と粘土の模型を参考にしながら、最終模型製作に入った。厚さ2ミリのバルサ材をカットし積み重ねる日々が2週間程続いた。毎晩仕事を終えてから何時間もやっていたので、最後の方は人差し指の先に痺れが出て来て、その後、1カ月ちょっと痺れがひかなかった。
  一次審査でこの作品を選んでいただいた方々には申し訳ないが、正直模型を作るだけでこれだけ大変だと本物を作るのは先ず無理だろうと思った。そして、その理由から一次審査は通らないだろう、この様な面倒くさいものを作ろうという人がよもやいないだろうと思っていた。しかし、模型作りは大変だった一方非常に楽しく、また完成した模型には自分が思い描いていた雰囲気が上手く表現できていたので、その結果に非常に満足して、その先の事など全く考えてもいなかった。

 
  モデルによる検討。

 
  モデルの天井見上げ。

   一次審査の結果はメールで送られて来た。条件付で一次審査通過とのことだった。とりあえずうれしくて、事務所の所長や両親に結果を知らせたが、その後に落ち着いてメールの全文に目を通すと、どうも様子が変だ。『実行委員会では製作が困難なので、杉10m3を提供するから、自分で製作をしてみてはいかがか?』とある。やっぱり! 何かおかしいと思った。プロが製作できないものを素人が完成させられる訳が無い。
  辞退を考えていた所、実行委員の若松さんから、『当初の計画と多少違うがこういったものなら製作出来る』と図面が送られて来た。その図面を見て一瞬間違えて関係ない図面を送ってきたのではないかと思った……、が、そうではないらしい。簡略化というより、余りにイメージとかけ離れてしまっているので、やはり辞退しようと考え、その意思を伝える為に若松さんに電話をしたところ、チェーンソーアートの名人が手伝ってくれそうなので、一枚一枚板を切って重ねていくのではなくて、大きな塊を一気にチェーンソーで削りだしてはどうか、との提案をしていただいた。ここに来て、やっと実現の可能性が見えてきた気がした。
  しかし、実物製作にあたって、これだけ面倒な作品を施工者へ押し付ける事に対する罪悪感と、少しでも自分のイメージに近いものに仕上げてみたいという欲求が有った事。そして、その時期に事務所が遅めの夏休みに入る事もあって、現地で製作に参加する事を決意した。
  チェーンソーアーティストの城所さんが現地入りする10月16日、発表の4日前に合わせて、自分も現地入りした。作業場になっているヤマワ木材につくと作業の最中で、チェーンソーの大きなエンジン音が響いていた。作業をしている人達の表情を見るとあまり進捗がはかばかしくない様に思えた。挨拶をして、お土産に買ってきたずんだ餅をみんなで食べながら休憩に入った。話を聞くと、やはりかなり苦心をしている様子だった。杉材を積層してブロックを作る時に使った接着剤と仮止めをしていた細い釘が意外と硬く、直ぐにチェーンソーの歯が駄目になるとの事だった。
  この作品の実物製作が決まった時に、製作の過程で多くの問題、障害が発生して、それを乗り越えなければ完成に至らないであろう事は覚悟していた。だが、到着していきなりこんな根本的な問題が発生しているとは思わなかった。このペースだと明らかに間に合わない。

 
  工場に入り作業を行う。

 

 宮崎2日目、チェーンソーの城所さんは今日の夜までしか作業が出来ないという事なので、完成に至らないことを想定して、重要な所から形を作ってもらう事にした。同時に自分はディスクサンダーを使って、チェーンソーで削った跡を少しずつ仕上げていった。午前中作業をしてみて、これはいよいよ時間が足りず仕上がらないと思った。城所さんは日が落ちて暗くなってからも残って作業をしてくれて、大分作業は進んだが、それでも完成まではまだまだだという感じでその日も終わってしまい、城所さんもかなり悔しそうであった。
  作業が終わらない場合は、一人で作業場に残ってでも深夜まで作業しようという覚悟で現地入りしたのだが、11時近くなると握力も落ちて来てサンダーを持つ手が上がらない。ディスクサンダーはチェーンソーの様な重さは無いけれども、さすがに一日中持ち上げているのは重労働なのだと思った。徹夜でプレゼンテーションの準備をするのとはわけが違って、体がいう事をきかなくなってくる。諦めて帰って、明日の為に体を休める事にした。

 次の日、宮崎3日目の朝、少し早めに起きて、洗濯をした。6時間位は寝たけれども、腕がパンパンに張って疲れが抜けていなかった。今日は、城所さんは参加出来ないが、代わりに大工さんや林業家の若い人等がチェーンソーで手伝ってくれた。作品の内部をもっとくり抜かないと、ベンチに腰掛けられるようにならないのだが、内部は狭くて中々チェーンソーの取り回しが出来ない。表面をチェーンソーで碁盤目状に細かく傷をつけてもらい、その部分を自分が解体等で使う大きなハンマーやバールを振り回して叩き壊していった。中々の重労働だけど、ストレス解消には丁度良い運動になった。また、気になっていた肘掛部分などのディテールは鑿を使って自分の手で彫っていった。よく、杉は粘りのある木材だという事が言われるが、実際自分で杉を彫ってみて、改めてそれに気付かされた。さらに、杉は柔らかいというイメージが強いが、部分によっては非常に締まって硬くなっている部分がある事も知った。
  午後は天井部分の加工をする為に一時バラして作業をした。チェーンソーで彫刻をしていくという作業に慣れてきたのか、大工さんも天井に自分なりのディテールを加えて彫っていた。それを見て一瞬心の中で『ありゃっ? それはやりすぎでは? そこまでデフォルメする意図は無いんだけど』などと思った。しかし、そこでふと気付いたのは、これまで3日間皆と一緒に製作してきて、色々な人が仕事の合間などに顔を出して手伝ってくれる姿を見てきたが、皆それぞれに作品に対して愛着を持ち始めているんだという事。つまり、もう作品は設計者一人の独占物では無いのだから単純に自分の頭の中に有る理想の形に作り上げるのではなく、皆、それぞれの想いを木に刻みつけてもらって、それを全体のバランスを取りながら、仕上げてゆく方がこの作品の性格に合っているのではないかという事だ。だから、一瞬心の中に浮かんだ、その疑問の言葉をそのまま飲み込んだ。
  夕方になって、仕事あがりの人達が大勢手伝いに来てくれた、とても有難かった。その日もやはり11時過ぎまで残って作業をした。

 次の日は朝から作業をして昼過ぎから会場へ運び始めた。
  作品が組み上がったところで、またサンダーを使って仕上げ作業を始めた。祭りの間には小さい子供が来て、作品に触るだろうからトゲなどが刺さって怪我をしない様に、少なくとも子供の手が届く高さの辺りは極力綺麗に磨き上げようと思った。
  9時近くになると実行委員の人達も帰り始めた。10時半位で電動工具を使っての作業は切り上げる事にした。それ以降は天窓の桟の為に山から採ってきてもらった杉の枝を切って天窓に取り付けたり、大きな穴や亀裂に木パテを埋める作業等をした。高い所は苦手なので、夜中に一人で屋根に上っての作業は怖くて、寒くて、今までで、最も辛いものになった。一通り作業を終えて、後は明日の朝、開場の時間まで、電動工具を使って最後の作業を行う事にし、とりあえず一旦帰って休む事にした、もう一時半になっていた。

 
  イベント前日の深夜まで作業を続けた。

 

 翌日6時位に起きて仕度をして7時少し前に会場に到着し、最後の作業を始めた。昨夜パテ埋めをした所を中心にサンダーで仕上げをしていった。朝の散歩で公園を通る人等が、色々と声を掛けてくれたりした。皆一様に興味を示し、良い印象を持ってくれている様だった。開場30分位前、若松さんから「そろそろ片付けましょうか」と言われ、諦めて片付けを始めた。完成にはまだまだだが、しょうがない、出来る事はやった。やり切ったという思いが強かった。一次審査用の模型作りの時と同じで、製作が大変だとそれに全てのエネルギーを奪われるのと、充実感が大きいのとで、審査の事を考える余裕が無くなってしまうようである。

 以上がこの『森の待合所』の完成までの苦闘の記録である。こうした過程を経て、この作品は様々な人の気持ちがこもったものになっていったのではないだろうか、それが、この有機的で柔らかい杉の塊に魂を吹き込んでいるのだと思えてくる。そして、こういったものが最終審査結果の評にもあった、この作品の持つ泥臭さや温もりの源なのではないだろうか。この後も色々な人に触れてもらって、作品にどんどん手垢がついていく。そのような使い方をして貰えば、この作品が更に温もりを持ったものに成り得るのではないかと思う。
  最後に、実はこの作品はあれだけしんどい思いをしたが、いまだ未完成なので、是非最後の仕上げ作業をして作品を完成させ保存して頂きたいというのが、製作に携わったものの一人としての切実な願いである。

 
  疲れも忘れ、プレゼンする筆者。

   
  内部空間。結構大きい。

  有馬、内藤両審査員もじっくりと観察。



 

 

●<かわむら・ひろと 
建築士、福祉住環境コーディネーター
アトリエT+K 勤務 
会社ホームページ http://www2.plala.or.jp/TK/
個人ブログ http://www012.upp.so-net.ne.jp/siecle_d-eco/intro.html

   
 
   
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