連載
  スギダラな人々探訪/第61回 「スギダラな騒動探訪in九州」
文/ 千代田健一
  杉を愛してやまない人びとを、日本各地に訪ねます。どんな杉好きが待ち受けているでしょう。
 
  日本全国スギダラケ倶楽部 広報宣伝担当の千代田です。
   
  2010年の7月、会社の人事異動で郷里福岡に来てから2年半と少し、この度4月21日付で東京に戻ることになりました。短い期間ではありましたが、期間が短い分、密度の濃い2年半だったように思います。思い返すと結構な杉騒動に恵まれた2年半でしたね。
月刊杉でも時折報告してきましたが、それらの杉騒動沿って振り返ってみたいと思います。
千代田の活動記録みたいなもんなのでダラダラ長くなると思いますから、暇で暇で何もすることの無い方だけ読んでいただければと思います。
   
 
  北部九州2010年忘年会
   
   
 
   
   
 
杉騒動1. 杉と温泉ぐるぐる計画 (2010年10月)
   
  福岡に来てから最初の杉騒動は、嬉野−武雄−波佐見を結んで行われた「杉と温泉ぐるぐる計画」でした。
  http://www.m-sugi.com/63/contents63.htm
   
  その2年前に佐賀の厳木(きゅうらぎ)で行った「杉モノ・デザイン展」に続く北部九州のビッグイベントを取り仕切ってくれたのは武雄在住のデザイナー長尾行平さん。数々の素晴らしいアイデアとそれを見事に実行に移して見せる行動力に圧倒されました。このイベントの時はスギダラの方がお手伝いさせてもらったという感じで、ボクなどは単なる一参加者に成り下がって楽しませていただきました。一方、北部九州支部支部長の溝口陽子さん、広報宣伝部長の佐藤薫さんは杉モノ・デザイン展に出店してくれた皆さんや新しいお仲間をかき集めてくれたので、クラフト展も大賑わいの盛況となりました。飫肥支部からも河野健一さんがobisugi designの家具小物を携えて出展者として参加してくれましたし、JR九州のスギダラ会員 峯雅彦さん、里真吾さん、日田のスギダラ会員 合原万貴さんはご家族連れで参加してくれたりと、何だか北部九州らしいほのぼのとしたアットホームなイベントだと感じました。
   
  イベントの後は参加旅館のひとつ、嬉野大村屋の美肌の湯に杉玉を浮かべた「杉ダマ温泉」を堪能し、大村屋のVIPルームを借り切っての大懇親会で大騒動。いきなり2次会からスタートするような悪乗りな感じはミヤダラっぽいハチャメチャで暑苦しいものでしたが、この地域にも溢れんばかりのエネルギーを持った人たちがたくさんいることがわかってとても嬉し〜野でした。
   
  クラフト展の会場となった「モンネポルト」は長崎県の波佐見というところにあります。波佐見は陶芸のまちでもあり、近くに有田や伊万里もある。嬉野や武雄の温泉もありのとても魅力的なところなので、人を集めるには持って来いです。その後長尾さんとは疎遠ですが、またここで何かしら騒動を起こせたらと思っています。
   
   
  杉と温泉ぐるぐる計画チラシ。デザインは長尾行平さん。   クラフト展会場の様子
   
   
   
   
 
杉騒動2. 杉コレクション2010 in 西都 (2010年10月)
   
  次の騒動は杉コレクション2010 in 西都「サイトでエキサイト!」
  http://www.m-sugi.com/64/contents64.htm
   
  西都原古墳にちなんで審査員は太古の神々の扮装で登場!いつも通り、司会進行は若杉、千代田のWCコンビ。何とWCのためにも太古のアイドルスターのような衣装まで用意してあったのには驚きでした。この時、我らが有馬晋平さんがグランプリ受賞、そして福岡から応募してくれた平瀬祐子さんが優秀賞を受賞。平瀬さんはその後スギダラ北部九州のメンバーにご主人の平瀬有人さんと一緒に加わってくれて、それ以来スギダラの集まりにも意欲的に参加してくれてます。平瀬有人さんには後述するティンバライズ展でもお世話になりました。
       
   
  杉コレ2010in西都グランプリ「すべすべすべり台」有馬晋平さん   最終審査の公開プレゼンの様子。西都原古墳にちなんで審査員、司会ともに太古の扮装で。
   
   
   
   
 
杉騒動3. 杉がいいや!in シーガイヤ (2011年1月)
   
  次は2011年1月末の「杉がいいや!in シーガイヤ」
  http://obidara.exblog.jp/15629679/
   
  このイベントでは日田で知り合った九州大学大学院芸術工学研究院教授の藤原惠洋さんと日田でまちづくり活動をやっている高倉貴子さんを南雲さん、若杉さんのスギダラ兄弟にお引き合わせすることができました。
  思い起こせば、最初の出会いは藤原先生がアドバイザーを務めていた日田商工会議所の異業種交流ワーキング「プラザ日田」の定例ミーティングの時だったと思います。日田在住のスギダラ会員で林業をやっている合原万貴さんからプラザ日田の例会でスギダラの活動を紹介して欲しいと依頼があり、のこのこと訪ねて行ったのが運の尽き!先生の勤める大学は千代田の母校であったことと、同じ先生にひどい目?に会ったと言う共通項もあり、話は弾んでスギダラの活動にも関心を示していただきましたが、藤原先生がスギダラにのめりこんで行く決定的なきっかけとなったのは、「杉がいいや!in シーガイヤ」のイベントへの参加だったと思います。千代田としても藤原先生には是非、南雲さん、若杉さんを紹介したかったし、何気なくイベントの案内をしたら、プラザ日田で一緒に活動している高倉貴子さんと共に宮崎までのこのことやって来たことが不幸?の始まりとなりました。イベントで南雲・若杉スギダラ兄弟による駄洒落満載のトークショーを聞いていただき、スギダラでやって来たことの思いの丈をダイレクトにお伝えすることができたということと、そもそも駄洒落の第一人者でもあった藤原先生を奮い立たせる駄洒落合戦が展開されたことがノリを加速したと思います。よく覚えてませんが、その時は「ピンチヒター」など日田にまつわる駄洒落の応酬で盛り上がったように記憶しています。
   
  そのトークショーの翌日、高倉貴子さんと揃い踏みで会員登録していただいたのですが、その時通信欄に先生が書かれていたコメントが面白いのでご紹介します。
   
  「お世話になります。杉がいいやinシーガイヤは感動的なお話満載でした。とくに杉へのまなざしの奥底に、南雲さん、若杉さんのデザインすることへの戒めや省察がしっかりと底に流れていることを知り、同感することしきりでした。私は九州大学大学院芸術工学研究院藤原惠洋研究室の活動のいっかんとして大分県日田市の魅力振興をこころがけてきたのですが、貴会との出会いを通して眠っていた「杉」という宝物がいよいよこれからひかり輝いてみえるような気がします。スギダラ倶楽部とも楽しく意義深くご交流をお願いしたいと希望します。
そして最後に、これだけ気持ちよく「洒落」を連発できる集いがあることを知り爽快さすら覚えています。でも、早速そうかい?なんて言わないでくださいね。きっと何かが生まれそうな気がするのです。」
   
  これを読んでいただくと藤原先生がなぜ仲間になってくれたのか、よくわかると思います。
  そしてこのお二人、藤原惠洋さんと高倉貴子さんがボクの福岡でのスギダラ人生に大きな影響を与えて行くことになるのです。
  まず、高倉さんがメンバーとして活躍している日田商工会議所の異業種交流ワーキング「プラザ日田」のアドバイザーという役職を藤原先生の代わりに仰せつかりました。この辺は後述しますが、藤原先生の活動範囲はあまりにも広く、九州内でも日田だけに留まらず、熊本の菊池や天草、おまけに海外にもちょくちょく行かれており、時折案内が流れてくるワークショップやツアー(フィールドワーク)のスケジュールを見るだけでも気が遠くなりそうでした。おまけにその案内メールに書かれてある個々の内容の暑苦しさたるや何とも形容(惠洋)し難く、こりゃ大変だと思ったものです。
   
   
  杉がいいや!in シーガイヤ 会場   南雲勝志、若杉浩一によるセミナー
   
   
   
   
 
杉騒動4. 高浜フィールドワーク2011 (2011年7月)
   
  次の騒動は2011年7月のスギダラツアーin 天草「高浜フィールドワーク2011」
  http://www.m-sugi.com/72/contents72.htm
   
  その間に起こった東日本大震災の影響で、スギダラ的にも復興支援の活動を進めている最中、藤原先生よりスギダラ本部の若杉さんの生まれ故郷、天草でのまちづくりワークショップにスギダラ3兄弟揃い踏みでご招待をいただきました。
   
  この天草高浜でのフィールドワークは翌2012年も開催され、今年の2月にはわざわざ東京で成果報告会が開催されるなど今なお継続的に関わりを持っています。ここではスギダラ天草支部の設立まで実現しました。天草支部長を引き受けてくれた森信行さん、森さんと一緒に仕事している小野裕幸さん、以前から高浜に関わっていた都市計画家の宮野桂輔さん、地元の参加メンバーとして中川みどりさん、宮口喬さんが仲間になってくれ、月刊杉にも執筆していただきました。藤原研究室からも國盛麻衣佳さん、北岡慶子さん、藤原旅人さんといった研究室のメンバーがこぞって入会。それ以前から会員登録してくれていた仲村明代さんも加え、以来スギダラの集まりの常連にもなってくれています。
   
  つい最近のことですが、藤原研究室の國盛麻衣佳さんのご実家で新しい商売をすることになって、そのお店をスギダラケにしたいと相談を受けました。嬉しいじゃないですか!スギダラ会員らしくチャンスさえあれば杉!とばかりに、お父さんにまで提案してくれるなんて。早速、こんな風にしたら?と案を送ると工務店の方にそっくりそのまま作っていただいたようです。
   
  それから天草支部の設立と支部長森商事の森信行さんとの出会いも九州におけるスギダラ活動を加速する転機となりました。何はなくとも連絡を取り合う仲になって行き、ティンバライズ展の時にも参加メンバーとして大活躍していただきました。建築的な色合いの強い展覧会に木育、木とのふれあいを通して子供やご家族連れなど今までにない客層を集客し、木の可能性の幅を広げていただきました。こういったイベントにおいて森さんのようにスギダラメンバーとしてだけでなく、ご自身の事業の延長線上からも参画していただける仲間が増えたことは九州でのスギダラ活動を加速して行くための大きな原動力になりました。森さんとは高浜フィールドワークとは別に天草・熊本における杉騒動も画策してましたがまだ実現はしてません。でも、森さんと高浜の仲間がいる限り、きっと近い内に熊本本土を束ねた活動に発展して行くと思います。
   
   
  高浜フィールドワーク2011 お揃いの麦わら帽子をかぶってまち歩き   成果発表の様子
   
   
   
   
 
杉騒動5. Q大日田ラボ特別講演会 (2011年9月)
   
  次の騒動も藤原先生&高倉さん繋がりで大分県日田市における「Q大日田ラボ特別講演会」でした。
  http://keiyo-labo.dreamlog.jp/archives/1673793.html
   
  天草高浜での興奮もまだ冷めぬ2011年9月、またもやスギダラ3兄弟揃って参加。林業のまち日田で、地域の財産でもある地元の杉材をもっと活用して行くことにより、日田の魅力の再発見し、まちを活性化して行くことに繋げて行くための一手でした。こういうイベントの度に福岡や大分など各地のスギダラメンバーが集まって杉談義ができるのも九州ならではの良さです。
   
 
 
Q大日田ラボ特別講演会チラシ   講演会の様子。左からモデレーターの藤原惠洋さん、講師として千代田、若杉さん、南雲さん。
   
   
   
   
 
杉騒動6. シゴト道2011「スギダラ兄弟の凱旋」 (2011年10月)
   
  http://keiyo-labo.dreamlog.jp/archives/1683509.html  
シゴト道2011「スギダラ兄弟の凱旋」チラシ
     
  その翌月には九州大学芸術工学府(旧芸工大)の後輩たちが、若杉、千代田のスギダラ兄弟を母校に招いてくれての講演会。タイトルがシゴト道2011「スギダラ兄弟の凱旋」って言うんですから笑えます。「絶ってーやめねぇ!」というキャッチコピーと全身写真が入ったポスターまで用意してくれましたが、そんな変な先輩の話を聞きに行くべきなのか無視すべきなのか迷ってしまいそうな感じだったと思います。  
   
   
   
   
 
杉騒動7. 杉コレクションin日向 (2011年11月)
   
  秋はスギダラ的にもイベント目白押し。11月は恒例の杉コレクション。
  http://www.m-sugi.com/75/contents75.htm
   
  日向市では3回目の杉コレ。杉でできた駅舎や駅前広場での杉の祭典はしっかり日向に定着した感がありました。当然、千代田は杉コレ最終審査の司会進行。日向ではプロのフリーアナウンサー赤間ひとみさんがメインMCで、初めてとは思えないくらい絶妙にWCに絡んでくれて、もしくはWCに無理やり絡まされて、それまでに無い進行スタイルを見出すことができました。傍から見てるとWCが素人とは誰も思わないだろう、と思える見事?な連携だったと自負しております。
   
  この日向大会では、前回の西都大会で優秀賞を受賞した平瀬裕子さんが平瀬有人さんとご夫婦で応募、またもや入賞したり、JR九州の津高守さんが会社の作業着+ヘルメット着用といういでたちで審査員参加、大きな笑いをもたらしてくれたり、日田からも高倉さん、合原さん等が杉コレ日田誘致を目論み偵察に来たりと北部九州支部的にもトピックの多いイベントとなりました。最も印象深かったのは西都大会の時から設けられた子供杉コレ部門の作品たちで、グランプリを受賞した当時小学校4年生の安田圭沙さんの『だっこのいす』はその後被災地岩手野田村への支援の架け橋となりました。
       
   
  グランプリを受賞した 山内成津子さんの『お尻合いイス』に座る審査員・JR九州の津高守さん。   2年連続入賞の平瀬さんご夫婦による、最終審査プレゼンの様子。
 
  子供杉コレ部門で、グランプリを受賞した当時小学校4年生の安田圭沙さんの『だっこのいす』。この作品がきっかけとなり、被災地岩手野田村へ贈呈するプロジェクトがおこりました。
   
   
   
   
 
杉騒動8. みやざきweeeek! 2012 in 福岡 (2012年2月)
   
  次は2012年の2月に行った 「みやざきweeeek! 2012 in 福岡」。
  http://www.m-sugi.com/78/m-sugi_78_chiyo.htm
   
  福岡に赴任して間もない頃から、宮崎県福岡事務所の方々とは事務所が互いに徒歩5分ほどにあるという地の利もあって何かと行き来があり、宮崎杉の活用を通して何かとやり取りさせていただきました。

福岡事務所の木材担当は福田芳光さんというとても人懐っこい方で、少しでも宮崎の杉をPRして行けるようあれこれと相談を持ちかけてくれました。それでようやく形にできたのがこのイベントでお披露目できた杉インフィルでした。元々、この1年以上前に同イベントにおいて仕掛けようとしていたもので、当初は日南飫肥杉大作戦においてスギダラ館として利用した杉インフィルそのものを借りてきて福岡で杉展示しようと構想していました。その時は震災の影響でイベント自体が中止になったのですが、ようやく実現したわけです。この時は日南から借りてまた返すといった輸送費にコストかけるくらいなら、新たに作って福岡で常設できるところを探そうという方向で検討か進み、新調することに。実施までに大した時間も無く、かけられるコストも限られている中、川上木材の福原さんには実に手際良く製作をやっていただきました。選定する材のクオリティや組立のための仕口の加工など、言わなくても思い通りになっていると言う、ツーカーなコンビネーションで事が進んで行き、千代田も随分楽させていただきました。その杉インフィルだけでなく、福岡事務所ではobisugi designの杉屋台(obiten)をこの機に乗じて5台購入。福岡事務所としてのプロモーションツールを自前で用意することができたということが、福岡においてよりアクティブに活動してゆける状況を作っていったと思います。その後、福田さんは異動で宮崎に戻られましたが、後任として引き継いだのが旧知の仲だった田中浩史さんだったので、引き継ぎは実にスムーズでした。おかしな話ですが、宮崎県福岡事務所の皆さんの担当が代わる度に千代田のとこまで引き継ぎ挨拶に来ていただいて、まるで同じ会社の中で過ごしているような感じでした。
そういう何とも言えない関係性が千代田の福岡在任時代をとても心地よいものにしてくれたと思っています。
   
   
  みやざきweeeek! 2012 in 福岡で展示した杉インフィル全景。   obisugi designの贈り物シリーズ、SUGIFTも展示しました。
   
   
   
   
 
杉騒動9. JR大分支社の木造オフィス (2012年3月)
   
  次はイベントというわけではないですが、JR大分支社の木造オフィスについてです。
  http://www.m-sugi.com/79/contents79.htm
   
  2012年の3月に竣工したこのプロジェクトでは実に多くの出会いがあり、いろんな方々にお世話になりました。この様々な出会いを仕掛けてくれたのが、津高守さんです。千代田が福岡に転勤する前からの知己であり、もちろんスギダラ会員。現在はJR九州大分支社の支社長で、スギダラ北部九州支部を大分から支えていただいてます。
千代田の転勤後まもなくJR九州大分支社の新築移転の計画に声を掛けていただき、地場産杉材活用の具体的計画案を一緒に練らせていただきました。そのプロジェクトのミーティング後は時折飲み会となり、その当時施設部の部長だった津高さんはその都度、関与するメンバーをスギダラ会員化して行ったのです。宴会場ではiPadでスギダラの会員登録のページを開き、大した説明もせずに登録を要請(強要?)してくれたので、ミーティングの度に会員が増えていったわけです。

津高傘下の犠牲者?としては橋津大教さん、貝瀬弘樹さん、古賀誠さん(政治家でもある…うそ)、稲盛智章さん、東本丈明さんといった方々が入会済みでスギダラの集まりにもよく顔を出してくれています。そんな中、このプロジェクトの担当だった峯雅彦さん、福田健一さんのお二人は津高さんに強制されるまでもなく、プロジェクトがスタートする前から自ら進んで会員登録してしてくれてました。また、それ以前からスギダラ会員として活躍してくれていた荒川堅太郎さん(2011年度よりミヤダラから杉九に異動)、里真吾さん(荒川さんと入れ替わりにミヤダラへ異動)を加えると20名を超えています。一企業に所属するメンバーとしては一大勢力を持っていて、JR九州支部を作ってもよいくらいでしょう。

中でも峯雅彦さんはスギダラの集まりにご夫婦で参加してくれたり、今でも顔を出し続けてくれている常連メンバーですね。もちろん一番の活動家は津高守さんで、本社の施設部在任時は「月に一度はスギダラ活動」をキャッチフレーズに次々と社員の皆さんにスギダラとの接点を持たせてくれました。津高さんには社内のメンバー中心にスギダラ北部九州支部の司令塔的な役割を担っていただいていたので、千代田としても本当に助かりました。せっかく仲間になってくれたこれだけのマンパワーを実際の活動に動員するには、各人の自発性を待っているばかりではダメで、時には業務命令的な強制力も必要でしょう。仮に自発的に集まれたとしても自分の役割まで自身で定めて自発的に行動し、他のプレーヤーと連携するなんてことは困難です。だから司令塔となる存在が必ず必要になってくる。そのあたりのことを津高さんは実に巧みにやってくれてました。

そして、スギダラ北部九州支部 津高組がチームとして機能する上でなくてはならない「繋ぎ手」の役割を担ってくれたのが、2011年度より宮崎から異動で戻って来た荒川堅太郎さん。宮崎在任中、会社の仕事に杉玉づくりを持ち込んだ張本人。本人も杉九の中核メンバーであると意識して動いてくれており、今では忘年会や新年会、イベントの段取り、連絡回しなど率先してやってくれています。これだけの大所帯になると事務局的に動ける人の存在が不可欠で、千代田も杉九広報宣伝部長の佐藤薫さんも荒川さんには随分助けられました。

重要なのは荒川堅太郎さんのように能動的に組織の枠を超えて行こうとするメンバーがいることと、そういった枠を超えた活動を会社の上司として、またスギダラの仲間として指令を出したり、後押ししてくれる津高さんのような存在が同居していることだと思っています。荒川さんは今後もその組織力を生かしたパス回しで、スギダラ活動を盛り立てて行ってくれると思いますので、安心です。引き続き支部長 溝口陽子さん、広報宣伝部長 佐藤薫さんと連携して北部九州支部をよろしくお願いしますね。
   
  さて、JR大分支社のスギダラオフィスプロジェクト繋がりで言うと、三宮康司さん、有馬晋平さんのお二人には随分助けていただきました。三宮康司さん(志村製材有限会社)は日本木材青壮年団体連合会の役員をされていた頃に出会い、福岡に来る前から面識はありましたが、一緒に仕事をしたこともなく、千代田にとって実は謎な人物でした。JR大分支社では地場産木材を使うことが想定されていたので、地元で頼れるの唯一の知己だった三宮さんに何の躊躇もなく支援を要請。それ以来互いに迷惑をかけ合う悪友になって行ったわけですが・・・と言うのは全くのウソで、仕事の上でもスギダラのイベントにおいても多大なる助力をしていただき、その上、ご迷惑もおかけして、本当に感謝してもしきれない最重要人物と言っていいです。福岡で曲がりなりにも木材活用の仕事ができたのは三宮さんのおかげです。内田洋行 九州営業部としてもお取引できるようになったので、今後も何かと力になってやってください。
   
  そして有馬晋平さん。JR大分支社の件では、支社の社員の皆さん向けにスギコダマづくりのワークショップをやってもらいました。出来上がった支社オフィスのエントランスに巨大スギコダマを設置することもできて、社員の皆さんに地元の杉材を使って行く意義をうまく体感していただけたのではないかと思います。その間、ご結婚という転機があり、スギダラの仲間でお祝いできたこと、とても思い出深いです。
   
  実のところ、大分ではそれに続く人的ネットワークを拡大できずにいるのですが、津高さん、三宮さん、有馬さんという強烈なメンバーが揃っているので、今後も大分発の杉騒動はほっておいても起きて来ると思います。ちなみに水面下で企画されているのは「スギダラソフトボール大会 in 大分」で企画担当は有馬憲子さんです。是非、実現よろしくお願いします。千代田は打順は何番でも良いですが、ポジションはピッチャーでお願いします。大分での送別会では、津高さんに是永幹夫さんという地元の実力者をご紹介していただき、即会員になっていただきました。是永さんは新大分駅前に間もなく完成予定の複合文化施設「ポルトホール」の館長さんです。大分での地域活動において今までにない地域連携や盛り上がりの場を繋いでいただけそうな気がしています。そんな大分の皆さんには有馬さんが用意してくれた杉板に温かい激励の寄せ書きをいただきました。さらに有馬さんからは千代田の母親の郷里である長崎県対馬の杉でつくったスギコダマもいただきました。大分の皆さんの心温まるはなむけに心より感謝いたします。ありがとうございました。
   
  また、JR繋がりという訳ではないですが、大分支社のプロジェクトミーティング後の飲み会で、たまたま福岡に来ていた北九州の山口ヒロコさんが、屋久島大屋根の会を主宰する浦田功さんを引き連れ参加、ご紹介していただきました。浦田さんには即会員になっていただき、その時にスギダラ屋久島ツアーを実現しよう!と盛り上がり、企画担当としてJR九州の古賀誠さんが任命されたのですが、ツアーはまだ実現していません。浦田さんがしびれを切らす前に実現よろしくお願いします。
   
   
  有馬晋平さんの造形作品、スギコダマのあるエントランス。   JR大分支社 夜の外観。
   
   
   
   
 
杉騒動10. 宮崎銀行本部棟1階ロビーのスギダラ化計画 (2012年6月)
   
  さて、次は宮崎銀行本部棟1階ロビーのスギダラ化計画について。
  http://obidara.exblog.jp/17700032
   
  この話が直接やってきたのは日南市役所の飫肥杉課で、当然飫肥杉課一番の活動家である河野健一さんが窓口として動き、千代田のところにも繋いでくれたのでした。事の発端は同行の会長さんが韓国ソウルにて杉の伝道師 若杉浩一による韓国における宮崎杉活用のプレゼンテーションを受けたところから始まっていたことがわかりました。TOPからの指令であったことはこのプロジェクトを円滑に進めて行く上で大きな励みにもなり、関わったメンバーは宮崎ならではの事例をつくろうと実に熱心に動いてくれました。
   
  千代田的には宮崎の材料ならでは、特になかなか出ていかない大径材をうまく使って行くことと、できる限り地域の中で作っていけるものにする、ということが自らに課したミッションだったのですが、その希望を遥かに上回る成果になったと思っています。多少、後付的なところもありますが、創立80周年という節目にあって、使っている材料も80年生から100年生の材で、見える個所はほぼ無節というこだわり様。期待はしててもまさかここまで材料を吟味して用意してくれるとは思っていませんでした。そのこだわりを実現させたのは材料の調達、施工を担当した南那珂森林組合の皆さんで、その最前線で奔走してくれた河野伸行さんでした。千代田も都合がつく限り工事の現場に顔を出し、森林組合の大工さんたちと一緒になって作っていきました。実に楽しい現場でしたが、特に嬉しかったのは銀行のご担当だった総務課長の野下さんが、いつも現場に立ち会ってくれるだけでなく、一緒になって杉材運んだり組立を手伝ってくれたり、みんなと一緒になって汗をかいてくれたことですね。そこまでやるともうスギダラ側の人ですよ。時折、社員の方から出てくる木に対する後ろ向きな意見に対しても宮崎の杉がおかれた実情やその良さ、現代における木そのものの捉え方、使っていく意義など熱心に説明してくれていました。野下さんだけでなく、その受付で仕事をするお二人の女性も宮崎杉の伝道師としてお客様に丁寧にPRしてくれています。社内的な評判も結構いいようですが、受付のお二人の話では来客の反応がとてもいいとの事です。デザイン的にはもっとこうすれば良かったかな?と思えるところもあるし、法規上の問題でちょっとしたトラブルもあったりと反省点もあるのですが、宮崎において宮崎の杉らしい一面を具現化できたのではないかと思っています。
  工事の途中からミヤダラの皆さんにも見ていただいき、スギダラでの交流も多々あり、カ★リアにもよく行きました。福岡におけるとても思い出深い仕事になりました。
   
   
  宮崎銀行本部棟1階ロビー 受付   宮崎銀行本部棟1階ロビー ラウンジ
   
   
   
   
 
杉騒動11. 大分県日田市 「水面の盆」 (2012年8月)
   
  次は大分県日田市 『水面の盆』への参加について。
http://www.m-sugi.com/82/m-sugi_82_chiyo.htm
   
  このイベント、以前から北部九州支部でも関わりを持っていたもので、溝口陽子さん、佐藤薫さんが毎回レポートしてくれてましたが、千代田も実際に初体験。藤原先生との出会いのところで少し書きましたが、藤原先生が務められていた日田商工会議所の異業種交流ワーキング「プラザ日田」のアドバイザーの後任として千代田が送り込まれることになり、その活動の成果として生まれたのがこの水面の盆で初公開した日田の杉屋台「日田屋形屋たい!」です。プラザ日田は日田在住の様々な業種の事業者メンバーによる異業種交流・技術交流のワーキンググループで、年度によって取り組むテーマも様々なようですが、これからの日田の名物となるような商品開発をやっていることが多かったようです。これまでに豆田ポテト(お菓子)、日田明かり(照明器具)、日田梨カレーといったものを生み出し、日田で行われる様々なお祭りイベントで販売。アンケートを取ったり、製造してくれるパートナー探しをやったりして来たそうです。プラザ日田には高倉貴子さん、合原万貴さん、古田嘉寿美さんという強烈な女子軍がメンバーにいて、この会をリードしていってくれているのですが、この仲良し3人娘、プラザ日田だけでなく、日田の地域起こしに関わる様々なワーキングに参加していて、日田という地域のために日々奔走しているバリバリの活動家なのです。今では3人共スギダラ会員になってくれて、北部九州支部の活動も盛り立ててくれています。3人が3人とも「お気楽」と言えるほど軽やかなノリで、思いついたことをすぐに実行に移していくので、周りは結構大変です。ボクは日田の人たちのことを「お気楽な人たち」なんて勝手に束ねるように言ってましたが、この機会に訂正しておきます。この3人が超お気楽なのであって、日田人の気質を表すものではありませんでした!
   
  気が付いた時にはメンバーとしてどっぷり浸かっている。この人を巻き込む力は繋ぎ手としてはとても優秀です。一番の得意技はお祭り騒ぎを起こすこと。『水面の盆』のお祭りも彼女たちの思いつきから起こったものらしいですが、溝口陽子さん、佐藤薫さんのスギダラメンバーを巻き込んで行ったのも彼女たちの手腕だったと後々知りました。千代田が日田に関わるようになったのは、それ以前から北部九州支部のメンバーとして溝口さん、佐藤さんと行動を共にしていた合原万貴さんから、プラザでスギダラの話をして欲しいという依頼を受けてからのことです。そこでこの日田3姉妹と出会い、プラザのアドバイザーを務められていた藤原先生と出会い、日田での地場産杉の活用に留まらず、福岡、九州における千代田のスギダラな活動が飛躍的に広がって行くのでした。水面の盆でお披露目した日田屋形屋たい!は千年明かりや大屋台村など、他の日田のイベントでも使われ、それなりの好評を得て日田市役所から日田屋形屋たい!のコンパクト版を作って欲しいと製作依頼も受けました。まだまだ数は少ないですが、日田のまちに登場する機会も増えてきており、この調子でお気楽に増殖させて行って欲しいものです。
   
 
 
大分県日田市 「水面の盆」チラシ   水面の盆で初公開した日田の杉屋台「日田屋形屋たい!」
   
   
   
   
 
杉騒動12. 住まいの耐震博覧会@福岡 (2012年9月)
   
  次は「住まいの耐震博覧会@福岡」について
http://www.m-sugi.com/83/m-sugi_83_chiyo.htm
   
  宮崎県福岡事務所に田中浩史さんが赴任されてから、obisugi designの家具や屋台、みやざきweeeek!の時に作った杉の格子パネルなど、互いの杉財産を貸し借りしながら、杉のPR活動をつるんでやっていたのですが、再度杉インフィルブースを製作するという大仕事に恵まれました。それがこの住まいの耐震博覧会における宮崎県産材ブースづくりで、それ以降、ティンバライズ展まで繋がって行きます。製作担当は杉コレ都城大会の時にご一緒したヤマワ木材の若松さんだったし、みやざき杉活用推進室の大山祐二さんの強力なアシストもあり、ホントあっと言う間に下準備ができました。このスピード感は宮崎ならではなのか、役割分担とそれぞれの連携が実にスムーズでとても楽に進めることができました。田中さんは同じ福岡事務所の濱邉貴志さん、吉瀬晋司といった同僚を引き連れて来てくれ、杉担ぎやったり組立やったり、まるで東京の内田洋行でやっていたようなことを一緒になって汗かいてくれました。千代田の福岡の事務所にはそんな杉担ぎ仲間がほとんどいないので、宮崎県福岡事務所の皆さんの存在はとても心強かったです。場所も徒歩5分のとこにあるし、福岡での一番の同僚だったと思います。
   
  濱邉さんは日南市役所から、吉瀬さんは宮崎市役所からの出向者で、この4月に二人揃って古巣に戻られました。田中さんは千代田も含め、杉担ぎ仲間が一気に減って、おまけに大山さんも異動で木材を離れてしまったので、心細いかも知れませんが、杉繋がりは強固なので、場所が離れても大丈夫です! 福岡に帰省した時はまた、六曜舎で飲みましょう! それからこの博覧会では日南市からobisugi design/SUGIFTを携え、河野健一さんが人諸共参加。後のティンバライズ展も同様に人諸共参加してくれたり、宮崎銀行をやっている時から一緒に活動し、一番顔を合わせていたスギダラ仲間だったんじゃないかと思います。
   
 
  住まいの耐震博覧会@福岡での宮崎県産材ブース。
   
   
   
   
 
杉騒動13. 杉コレクション2012in宮崎 (2012年11月)
   
  次の騒動は杉コレクション2012in宮崎です。
http://www.m-sugi.com/85/contents85.htm
   
  西都、日向、宮崎と、千代田が福岡に来て3回も杉コレに参加しているんですね。それだけでも活動の密度が高かったことを実感します。
   
  その宮崎大会を準備している頃、千代田はたまたま宮崎銀行の件で結構頻繁に宮崎入りしていたので、川上木材の川上宰さんやみやざきアートセンターの石田達也さん等、悪巧み?仲間とはよく飲みに行きました。杉コレ実行委員の大浦さん、横山さんとの作戦会議にも参加して、その時にイベント全体のMCを木佐貫ひとみさんにお願いして欲しいという希望を出し、叶えていただきました。ミヤダラメンバーの木佐貫さんとは旧知の間柄で、審査員の皆さんのこともよくご存じだったので、千代田的には今までで最も楽な進行ができました。この宮崎大会では、藤原惠洋先生からお誘いを受けていながらまだ足を踏み入れたことがなかった熊本菊池の皆さんが最終審査まで通過し、初めてお会いできました。噂には聞いていた呑んだくれ集団の飛んでもないパワーに圧倒されました。毎年応募を続けていたミヤダラ3姉妹の案が初めて最終審査まで残ったり、スギダラ関西支部からは案が2つも残り、野田村賞とコンフォルト賞をダブル受賞するなどスギダラ的にもいつにも増して盛り上がった大会となりました。そんな中に韓国から海を越えての応募があったり、前年の日向大会の後、子供杉コレグランプリの「だっこのいす」の贈呈で友好の橋が架かった岩手県野田村からは子供たちの作品参加と審査員として野田村小田村長に参加していただいたりと、いろんなことが繋がって心温まるイベントになりました。
   
   
  杉コレクション2012in宮崎 グランプリ、貴志泰正さんの『屋台骨』。最終審査での1コマ。   内田洋行賞『みんなでヤタイ〜一本杉支え愛〜』チーム菊池。最終審査では大盛り上がりでした。
   
   
   
   
 
杉騒動14. 「Let's Timberize! in 九州」ティンバライズ九州展 (2012年11月)
   
  そして、杉コレの翌週、千代田の福岡における最大の杉騒動「Let's Timberize! in 九州」展が勃発!
http://www.m-sugi.com/86/contents86.htm
   
  実はこれが「杉騒動」という言葉が生まれた発端となった出来事でした。騒動好きの若杉さんらしい言い様だと思う。 九州内の杉仲間を総動員しての正に杉騒動でした。言ってみれば、福岡で千代田お世話になって来た仲間との大宴会だったと思います。宮崎や大分にはふんだんに材料があり、スギダラ北部九州は杉の木クラフトさんのようなものづくり仲間がたくさんいる。まちづくり仲間も多い。でも、建築やっている仲間は少なかったし、ティンバライズのメンバーと一緒にやることで、できることの幅も人脈も一気に広がった感じがします。
   
  東京にいた時は南雲さん、若杉さんの兄貴分もいたし、作業分担できる事務局メンバーもいた。福岡では九州のスギダラメンバーだけが頼りなんだけど、いつでもやり取りできるようなもんでもない。お金もらってやってる仕事でもない。そんな状況の中での騒動起こしは正直、大変でした。
   
  千代田のそんな心労を一番助けてくれたのが実行委員会の代表、末廣香織さんとチームティンバライズの事務局代表の布施靖之さん、参加大学研究室の先生方と、何より末廣研の研究室のメンバーを主軸とする各参加研究室の学生たちでした。イベントやるには会場の確保から、会場との打ち合わせ、設営プランづくり、ポスターやフライヤーなどの広報資料作成、情報告知、材料の調達、軍資金集め、予算計画、経費精算等々、事務局サイドとしてやることは山のようにある訳です。千代田と出展してくれるスギダラメンバーでは到底できないことがティンバライズの実行委員会という組織体の中に入ることでうまく役割分担ができて行く。時間も少なかったし、参加研究室も九州各地に散らばっているので、それなりに苦労も多かったですが、実行委員会の仲間と共に汗を流し準備を進めて行くのはとても心強かったです。こういう時の若者のパワーって本当にありがたいって改めて思いました。
   
  九州の建築系大学研究室との接点もできたし、チームティンバライズとも具体的繋がったので、今後も何かと一緒に騒動を起こせそうな気がしています。
   
 
  「Let's Timberize! in 九州」ティンバライズ九州展 エントランス
   
   
   
 
   
   
  以上、2年半の福岡での活動でした。この他にも若杉さん、宮崎の川上宰さん、石田達也さん等と韓国にまで行って杉騒動を仕掛けたりもしてますが、その辺はまた報告できる機会があれば報告します。
   
  福岡に帰って来て、杉にまつわる様々な騒動に巻き込まれたり、巻き込んだりして来ましたが、改めて思うのは九州は騒動好きの人間が多い、と言うかそんな騒動好きな人ばかりが仲間になって行くって感じです。
宮崎の海野洋光さん、川上宰さん、石田達也さん、大山祐二さん、河野健一さんは元より、天草支部長森信行さん、九州大学藤原惠洋さん、日田の高倉貴子さん、合原万貴さん、JR九州の津高守さんなど福岡でお世話になった方々の殆どが騒動好きなんです。
これも九州と言う温暖な土地柄のせいなのか単なる偶然なのかよくわかりません。
   
  一方、東京の方でも離れている間に相当な騒動が起こっているし、新たな杉騒動の芽も育っているようなので、楽しみでもあります。
やっぱり自分自身が騒動好きだから騒動には縁があるのですね。
   
  福岡を離れるに当たり、ちょっと残念なのは、ミヤダラの吉武哲信さんが宮崎大学から九州工業大学に移られて、広報宣伝部長 吉武春美さん共々に北部九州支部でも新たな活動ができそうだったのに入れ替わるように東京に戻ってしまうことですね。
   
  最後に北部九州支部のメンバーの皆さんで吉武先生ご夫妻の歓迎会と千代田の送別会を一緒にやっていただきました。
北部九州の皆さんからジーンと来る心温まるメッセージをいただき感動しました。ありがとうございました。そのメッセージカード、博多曲物の杉の弁当箱の中に入ってて、その弁当箱を包んである風呂敷きに至るまで溝口陽子さん、佐藤薫さんらしいとてもセンスの良いもので心が洗われるようでした。おまけに一週間過ぎちゃってましたが、バースデーケーキまでわざわざ用意してくれたり、もう至れり尽くせりのはなむけには参りました。
こんな温かくって、優しい素敵な人たちの中で過ごせて本当に幸せ者だと思います。
   
  お世話になった皆さん、本当にありがとうございました。
東京にいる頃は年に1度や2度しか帰ってませんでしたが、今後はもっと帰省の回数も増えると思いますし、一緒に騒動起こして行けると思いますので、引き続きよろしくお付き合いお願いいたします。
   
   
  大分での送別会(男性陣)   大分での送別会(女性陣)
   
  スギダラ北部九州支部の送別会。右上はこの写真を撮影したJR九州の荒川堅太郎さん。   49歳の誕生日も祝っていただきました。
   
   
   
   
   
   
  ●<ちよだ・けんいち> インハウス・インテリアデザイナー
株式会社パワープレイス所属。 日本全国スギダラケ倶楽部 本部広報宣伝部長
月刊杉web単行本『スギダラな人々探訪』 http://www.m-sugi.com/books/books_chiyo.htm
月刊杉web単行本『スギダラな人々探訪2』 http://www.m-sugi.com/books/books_chiyo2.htm
   
 
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